『振りまわしてBaby!』
「さきっちゃん、さきっちゃんは、ホンマに可愛いな〜」
「う、うん?」
「きゃーん」と、うら若い乙女のように語尾にハートマークをつけて小西行長が身もだえる。
小西は全然、可愛くはないのだが。
当の本人である佐吉はさして興味もなさそうに首を傾げた。
利発そうな少年だ。
年のころなら十歳前後というところ。丸い頬と、形のいい琥珀色の瞳が愛らしい。
童子らしく、おろした髪は肩にかかる程度だが、不思議に明るい色をしていた。
そして、なにより・・・・頭には三角形の大きな耳。
いわゆる犬型のあれが、ぱたぱたしている。
可愛いお尻から生えているのは、これまた驚くことに小金色に輝く見事な毛並みの
尻尾である。
とあるケモノによく似ている。
というか、―――狐そのものである。
だが、問題なのはそんなことではなかった。
「小西殿、子供の教育に悪い不義だぞ!」
「はぁあ? また義とか不義とか・・・基本オレが信じるんは、自分と神さんだけや。
義ー義ー、あんまし叫ぶんやめてや、兼ねたん? 」
「な!! か、兼たん?!」
「こにしぃ苦しいから、俺は子供ではない!!」
「ええやん〜、さきっちゃんのほっぺ柔いなぁ〜」
「や、やめるのだよ! むむむ、小西〜」
ぎゅうっと抱きしめられて佐吉は小さな足をバタバタさせている。
そう、子狐だとかそんなんどうでもいい。
問題なのは、佐吉が可愛すぎるということだった。
「小西やなくて、こにたんやろ?」
「んんん〜、くすぐったいぞ、あぁ耳に触るな!」
「あ〜! 私にも、私にも抱かせて下さい小西殿!! ずるいですよ一人占めは」
「なに?! ならば私も抱きたいぞ☆」
幸村と兼続が手を伸ばしてアピールする。
ここは、控えの間。
さまざまな大名が太閤の謁見を待つ場の一つ、なのだが・・・・。
最近では佐吉目当ての客ばかりが増えているとか、いないとか。
可愛らしい佐吉だが、ただの子供ではない。
幼いながらも自分の邸宅まで持っている、これでも立派な太閤の子飼い武将なのだ。
と言っても、まだまだ少年の彼はこうしておもてなしをするくらいが主なお仕事。
「君ら、抱きたい抱きたいうるさいなぁ〜、そもそもやねぇ幸村くんは年下でしょう?
年配のものを敬わなあかんよ?」
「えー。幼子にデレデレの小西先輩をですか?」
「あ、あかん! それ君が言うかな〜。てか、そんな目したら傷つくやん!! 」
「ははん」と鼻で嗤った幸村は、まったく光のない目をしていた。
それはそれは、心のこもっていない笑みだった。
「ゆ、幸村、それは不義だぞ、さすがに」
「ゆきむりゃ・・怒っているのか? 怒ってはダメなのだよ」
小西の呪縛から逃れた佐吉は、とててて、と軽い足取りで幸村のもとにやってきた。
そして小さな手で幸村の肩を軽く叩いた。同時に尻尾が左右に揺れている。
どうやら、「まぁまぁ」と宥めているらしい。
愛らしい。
愛らしすぎる。
「怒ってませんよ〜佐吉ー! 可愛いっっ」
「うぁっ」
幸村は佐吉を抱きしめると、くるっと反転、うまいこと自分の膝の上に乗せてしまった。
「まったく幸村は甘えん坊だなぁ」
「そうですね、佐吉がいないと寂しいんですよ」
仕方なさそうに佐吉は幸村の腕を叩く。
「結局、そこが佐吉の定位置か。幸村は子供の扱いが上手いな、さすがだ☆」
「まだまだ幸村が、お子ちゃまやからやないの?」
「それより佐吉、今日は私からお土産があるのだぞ。」
「なに?」
お土産の一言に佐吉はすぐに、兼続にくぎ付けになる。ぴんと、立った耳は正直だ。
現金なものだが、好奇心旺盛な丸い瞳が可愛い。
「ほら、」
「おお!」
懐紙を手慣れた様子で開いていく兼続。
穏やかな陽光をうけて輝くのは大粒の飴玉だ。黄色に赤、まるでガラス玉か宝石だ。
「兼続殿こそ、用意がいいですねぇ」
「俺の分はないん?」
「これくらい、小さな友人に会いに来る際のたしなみではないか。あと大人の分は
用意していませんぞ小西殿」
「兼続、食べていい?」
「いいぞ佐吉、はい、あーーん」
「あーーん」
小さな口に黄色い飴玉を放り込んでやると、すぐに可愛らしい尻尾がぱたぱたと
振られる。
丸い頬にさらに刻まれたえくぼ。
「むぐむぐ・・・・」
「あっかん!!!! かわえええ!!!! なにこれ、天使やん?!」
「佐吉〜おいしいですか?」
「んふふ〜・・・美味しい」
「佐吉〜! 私のうちに来たら、美味しいお米が食べられますよ」
「お米か?」
「まだ米どころネタひっぱるつもりか幸村! だったら、うちも米どころだぞ☆ それに佐吉、
我が家にきたら私がたくさんお話を聞かせてやろう」
「兼続のお話は謙信公ばかりではないか〜」
「ははは、それが義なのだ☆」
「俺も俺も! さきっちゃん、うちも楽しいよ〜。うちに泊まらん? 異国のもんが
たっくさん見れるんや」
「行長のうちも楽しそうだな〜」
「うちに来てください、そ、っそれで一緒に・・・」
「幸村も小西殿も、危なすぎる! 私のうちにくるといい佐吉、」
佐吉はどうしよかな、と首を傾げる。
幸村は優しいし。兼続は、なんだかんだ言っても紳士的だ。小西は賑やかで珍しいもの好きだ。
どこにいっても退屈はしそうにない。
「ほな、怖い兄さんらがおらんうちに決めなね?」
ずいっと、小西が身を乗り出した瞬間。
「誰が、怖いって行長?」
ぬっと障子を開けて現れたのは、大谷吉継。
その隣には大柄な男、佐吉の世話係こと島左近までいる。
「にににににに、兄さん、早かったなぁ〜。」
「殿〜、お待たせしましたねん。いい子にしてましたか?」
「左近〜早かったな。俺はいつでも良い子なのだよ? 」
「もう、お話はいいのですか? 」
佐吉を抱っこしたまま幸村が二人を仰ぐ。
「ああ、もう済んだよ。」
静かに頷く吉継。
今日、太閤と会っていたのは吉継だ。
左近とはこの部屋に来る前に、偶然出くわし佐吉のことについて語り合っていたとか。
「あんたらこそ誰に会いに来てるんですかい?」
「・・・・・・・いや、我らは」
「まぁまぁ、それより家老さん、今日、佐吉うちに貸してや〜」
「い、いえ! う、うううう、うちに!!!」
「なっ、私のうちに!」
「みんなが、泊りにこいってー。どうしよう、吉続、左近?」
無邪気に左近を見上げる佐吉。
だが、家老は首を縦には振らなかった。
「何言ってるんですか、ダメに決まってるでしょ。殿は左近とおうちに帰るんですよ〜。
夕飯は何食べます?今夜は殿の好きなものにしますよん?」
「おお! 本当か左近? 俺はな、俺は、素麺以外がのもが食べたい!」
「あはははは〜殿ーさりげなく嫌みですか〜? もっといいもの食べさせてますよいつも。」
「うむ、夕飯が楽しみだな、左近!」
「一緒に帰りましょうね」
「え〜!」
「空気読め。」
「ちっ」
「おい誰だ今、空気読めっつったヤツ! ていうか舌打ち?!」
「佐吉〜、そんなモミアゲおっさんと遊んでばっかりやと、飽きるやろ。お兄さんとこおいで」
「一緒に遊んで、ご飯食べて、いいいいい一緒に! お風呂に入りましょう佐吉!!」
「私が寝るときにたくさん本を読んでやるぞ佐吉☆」
「いい加減、黙らんか貴様ら。 」
『え・・・はい? 』
幻聴かしら? と首を傾げる三人。次の瞬間、その笑顔をひきつらせた。
鬼だ。
「あの、兄さん? 怒ってるのん??」
「馬鹿だな、行長・・・・・オレが怒ったらお前、分かってるだろ」
はははは、と乾いた笑い声を立てる。目が笑っていない。まったく笑っていない。
「に、兄さんがオレって言ったぁ! 本気や、本気なんやな?!
す、すんません、調子乗りました・・・・もうしません、ホンマすんませんでしたぁああ!!」
「な、なんという気魄・・・!」
さすがの幸村もたじろいだ。だが、吉続はそんな若武者にも容赦しなかった。
「とりあえず幸村も、頭冷やそうか? なんなら冷やしてやってもいいけど、 」
「・・・・・・・・(えっ?!)」
「大谷殿、いくら佐吉の後見人とはいえあまりに・・」
「まぁ、・・・黙ったらいいじゃないか兼続。 お前の義はうるさいことなのか? 」
「こ、心の声が聞こえたような・・・・」
「左近、」
「殿〜気にしちゃだめですよ。」
幸村から離れた佐吉は左近にしがみついた。
「吉継は怒っているのか?」
「え? ど、どうでしょうね〜・・・・・」
怒ってると思いますよ。修羅のごとくね。とは、いたいけな主には言えない。
「さて佐吉、」
おいで〜と手を伸ばす吉継の顔はさきとは打って変わって鬼面を脱ぎ捨てた仏のごとく
穏やかだ。
佐吉を抱きあげると、彼は負け犬どもを見るよう三人を睥睨すると、言い放った。
「ああ、私、今日は佐吉のうちに泊まるから、さ。」
――――― はぃいいい?! 何言ってやがるこの人?!!!
音が聞こえそうなほど凍りつく三人。
「そうなのか、吉継」
「うん」
「わぁ〜楽しそうだな」
「えっと〜、大谷さん? そんなの俺、聞いてませんけど〜」
そろそろっと後ろから声をかける左近に吉継は目を細めた。
「今決めたので、お世話になります左近殿。」
「今・・・ですかい? (ああ! この自由人めっ)」
「ず、ずるいですよ」
「そうだそうだ」
「空気読めモミアゲ。」
「おい誰だ空気読めっつたヤツ! 今の俺じゃないだろ、ていうかモミアゲ関係
ないだろう!」
「どうでもいいですよ、左近殿。」
「大谷さん・・・あんたも俺に興味なさすぎですよ?」
「だったらみんな泊りに来ればいいではないか」
「は?」
いいこと思いついた、と会心の笑みを浮かべる佐吉。
吉継も左近も首を傾げた。
「うちに泊りにくればいいじゃないか。みんなは本当に仲がいいな。お泊まり会がしたいなら
そう言えばいいのに。うちにきて、みんなで寝ればいいじゃないか。ね、左近?」
「雑魚寝、ってやつですか、でも殿」
「いい案だ☆」
「私、行きます!」
「俺も行くよ〜」
「・・・・・そうだね、仲良くするのは、いいことだ。佐吉が言うならそうしよう。」
それぞれの思惑が絡み合う中、急遽お泊まり会が決定した瞬間であった。
今日は楽しそうだと、ほくほく顔の佐吉。この嬉しそうな顔を見たらさすがの左近も
NOとは言えないのだった。
「分かりましたよ・・・はぁぁ〜〜」
左近は盛大に溜息をついて肩をすくめた。
このメンツがきたら、どうせ大騒ぎになるのは必至だ。
「その代わり、今夜は素麺にしますよ」
「えぇぇー! 左近のいじわるっ」
子狐の不満そうな声に一同、吹き出した。
さてさて、その後、石田邸で左近の予想通りまたまた大騒ぎがあったのは・・・また別のお話。
END.
今回も長かったです; すっきりまとめたいのに、無駄に長くて
すみません(>_<) こ、こんな感じでよかったですかね?!
もちろん苦情も受け付けております・・・・・。
そして、ひそかに今回の主役は吉継でした(笑) 一家に一台ほしい突っ込み兄さんwww
もどる ※ 今回はおまけの代わりに、よろしければコチラをご覧ください。画集イラストにとびます\(゜゜)