『呆れるほどに』
私があなたにしてあげられることは少ない。
慰めることと、一緒にいることだけ。
喜びを分かち合うのは他の誰かの役目だ。たとえば、愛しい弟たちとか。
だけど、あなたが悲しいときは必ずそばにいる。
ただ一緒にいる。
あなたが他の誰とも会いたくないときにでも、私だけはそばにいてあげられるから。
「あなたって本当に可愛い人ですね」
後ろ姿に向かってそっと呟く。
意地っ張りなくせに寂しがり屋で、悔しいことがあるとすぐに泣いてしまう。
だけど、決してそんな姿を他人に見せたりしない。知っているのは多分、自分と本当に近しい
人間だけ。
「え?」
振り返った主人は「なんだ?」と怪訝そうな顔をしている。
どうやら何を言っているかまでは聞こえなかったらしい。
黄耳はにっこりほほ笑んで主人に首を振る。
「いいえ、なんでもありませんよ」
「そうか? 何か言わなかったか・・・?」
「気にしないでください。ただ、」
「ただ?」
陸機は首を傾げる。
利発そうな黒い瞳。その強い光を生意気だと言う人もいるが、黄耳はそう思わない。
いつでも優しい。陸機の瞳はいつでも誰かを思っているように少し切なくて優しい色をしている。
黄耳にはそれが色とともに、匂いから分かるような気がした。
「ここに犬がいるってことを忘れないでほしいんです。」「えー? 何言ってるんだ黄耳、わたしはいつも黄耳のこと忘れてなんかないよ」
「ふふ、そうですよね。」
でも時々思うことがある。この人には言わないけれど。
「貴方のいいところは私だけが知ってればいいんです。」「どういう意味?」
「さあ?」
曖昧に笑って黄耳は煙に巻く。陸機は不満そうに黄耳を睨んだ。
この人に不幸になってほしいなんて思わない。むしろ世界で一番幸せになってほしい人なのだ。
いつも笑っていてほしい。誰に煩わされることもなく、世界中の人に愛されてくれたら・・・。
そう思う反面、そうしたら、自分は忘れられてしまうのではないだろうか。寂しくないこの人に、
犬は必要ない。
そんなことを時々思う。
「あなたの良いところも悪いところも愛してるのは、私だけですよ」「…主に、悪いところばかりな気がするが?」
くすり、と陸機は笑う。どこか痛むような笑い方だった。その薄い肩を抱いて、黄耳も笑う。
「自覚があったんですか?」
「ひどいな、黄耳。お前は私の見方じゃないのか?」
「まさか。士衡さまを裏切れるわけないじゃないですか。」
「そうだな」
「そうでしょ?」
黄耳は微笑む。
「あなたが私に飽きて、捨ててしまわない限りずっとそばにいますよ。」「私がお前を手放すわけないだろう」
少し唇を尖らせて陸機は黄耳の肩を叩いた。だが、それは宥めるように優しい愛撫でもあった。
(ああ、温かい。)
黄耳はその温もりを確かめるように、瞼を閉じた。
そして、瞳を開けた時にはいたずらっぽく口の端を持ち上げた。
「あなたに捨てられたら、新しい飼い主を探すのもおもしろそうですね」「面白いのか?」
「どうかな」
「なんだ、さては私に不満があるんだな?」
「…いいえ。私もあなた以外の人に飼われたくありませんよ。」
「当たり前じゃないか」
そう言って笑ってくれるのが犬にとっては嬉しかった。陸機は呆れたように黄耳の黒い髪を梳く。「馬鹿だな」とでも言いたげだ。
鎖などなくてもあなの傍にいる。首輪などなくてもあなたを忘れない。
「私が犬で良かったでしょう?」「私が主人で良かった?」
「あなたしか私は知らない。でもきっと、あなた以上に愛せる主人はいなかったでしょうね。
どこを探しても…あなたしかいない。」「そうか…」
犬は主人を慕い、主人はそれを当り前のように受け入れた。
(ずっとそばにいる、それだけが私の誓いだ。)
fin.
なんですかね(笑)
犬の気持ちって案外、複雑なんですwww
モドル