※さあ、さあ、月9の始まりですよ! 甘いです・・。


『温めてあげたい❤』

    ※一応、上の続き。でもシリアスじゃない。


些細なことでケンカする。それは当り前のことで、だけど主従には、いろいろしがらみがあって
事はそう単純には済まない。

「すみませんでした、士衡さま!」
「ううううう〜ぐずっ」
もうなんだこの人は。

常の冷たい美貌はどこへやら、見つけたときにはこの有様。
ほとぼりが冷めるまで。と、散歩に出たはいいが、いくら相手を悪く思おうとしても
煮え切らない。
どうやっても黄耳は自責の念に勝てなかった。
いや、公園で降り注ぐ銀杏の葉を見るともなしに見ていたら、いっそ清々しいほどに
自分の心と和解することができたのだ。


(謝ろう。あの人はどうせ今頃泣いているから。)

自分は所詮犬だなと、苦笑した。
だってあの人が泣いているときには傍にいないといけない。
それが唯一許された仕事のように思えた。誰にだってそんなことはできないだろう。
愛する人、最愛の主人、他の何を投げ打ってもこの人の傍にいて慰める。
犬以外にそんなことができるのだろうか? 

 ―――だから、私はいつまでも犬でいいんだ。


吹っ切れたように取って返してきたわけだが、あれからすでに1時間。
陸機は、目をはらしていた。


待っていたのではない。


惨憺たる部屋の有様を見れば一目瞭然だ。
気に入らないことがあると陸機はそこら辺のものを手当たり次第に投げる。
机の上の書類も床に散乱している。
それでも、いくらか冷静さを取り戻したのか、釈然としない顔つきで一人、床の上の
残骸たちを拾い集めていた。


彼の激情は彼にも抑えられない。

抑えきれなくなって、暴れて、こうしてまた自分で片付ける。その繰り返しだ。


「あ、士衡さまー?」

最悪に近いタイミングで帰ってきてしまったようだ。

目尻が赤いのも、充血した瞳も、何もかもが痛々しい。
陸機はなんとも言わずに黄耳を見上げた。口がへの字になっているせいか数段いつも
より表情が厳しい。

「手伝いますよ、」

「・・・・や・・・・いい。」


――― や? や、ってなんだろう??


「口もききたくないほど怒ってるんですか? 」
「・・・・」
かがんで問いかければ、つい、と視線をそらされた。

気づかれないよう、そっと様子を窺った。
暴れたせいか、怒りのためか、いつもより少し頬が上気して見える。
低体温のくせに今日は体温が高そうだ。匂いで分かる、少し汗ばんだ陸機の匂いに黄耳は
安心させられる。

「ねえ、士衡さま聞いてくれますか?」

「・・・?」
不満そうにそれでも律儀に陸機は黄耳の言葉に耳を傾けた。
それを諾、と受け取って黄耳は陸機の腫れた目もとを撫でる。

「泣いてたんですか? 」

「泣いてなんか・・・」

「やっと喋った。」

嬉しそうにほほ笑むと陸機は瞬時に頬を膨らませた。激昂しやすいのがこの人の特徴だ。
でも、本当は誰より情にもろいことを知っている。


「士衡さま、許してください」
言って黄耳は主を引っ張り上げてそのまま腕の中に納めてしまった。


「な、なに」

「謝りますから許して、何度だってあなたが望むなら謝ります、だから私を許してください。
 さっきのことは全て私が悪かったんです、あなたは何も間違ってなんかない」

「黄耳、」


「愛してます」


 それ以外の言葉を知らないから、

「傍にいさせて」

 祈るしかないんだ。


「・・・・・・わ、わたしは」

泣いている。
愛する人、脆くて強い人。誰も知らなくても犬だけは知っていた。
案外、泣き虫で、実は気を遣う性格で、強がりなくせに寂しがり屋で、でも意地っ張り
だから肩肘張って生きている。可愛いのに憎らしくて、でもやっぱり愛してしまう。

「う、うううああ」

恥も外聞もなく泣いているこの人は誰だろう?

本当は強くないのかもしれない。抱きしめた背が暖かくて、ここに確かに存在しているの
だと弱々しく主張していた。

「大丈夫です、あなたにはいつだって私がいる、そうでしょ?」

「あぁあ・・うう・・」

ぐずる子供のようだ。ただ、この人の涙は痛い。儚い、あまりに拙い。
心が溢れ出してしまったように涙は止められない。


「私は犬です、どうしたって人間とは同じ時を生きられない。貴方よりも先に死ぬでしょう。
 だけど士衡さま、私にとってあなたは、犬にとってご主人様はね、全てなんです。この世の
 全てなんですよ?」

それでいいのか、と陸機の瞳が雄弁に訴える。


ああ、言葉は無力だ。こうして抱きしめているだけでこの人に心は伝わる。黄耳は至福を
感じていた。

「あなたが嬉しいと私は嬉しい、貴方が悲しいと私は悲しい。どうしてなんでしょうね、
 私にも分からない。でも、それがあなたで私は嬉しいんです。あなたがご主人様で、」

「黄耳・・・・」

「泣かないで、」

そっと額にかかる髪をよけてやる。涙は拭いきれない。

「人より長くは生きられない、私があなたにしてあげられることも少ない。だけど、
 私の全てをかけてあなたを愛します。」

「・・・・ありがとう・・・」

やっと言葉らしい言葉が聞けた。

きっと言葉は無力で、時に人を傷つけさえするけど、

――――こんな言葉ならもっと聞きたい。

      

                          −fin―



お疲れ様でした。
自分にもこんな甘い話が書けるとはね(笑
黄耳のせいです! なんか黄耳だけがおいしい展開に・・。
すごいな。