『チョコレイト?』
「俺はやればできる子なのだよ・・・」
そうさ。
そうに違いない!
石田さんは一人自宅の、なにかと手狭なキッチンで拳を握っていた。
「だっておねね様が言ってたし。うん、」
おねね様とは、彼の母親のような存在である。
「大丈夫、三成はできる子だよ〜。やればなんでもできちゃうんだから!すごいね〜」
といつでも誉めてくれた。
まあ、子供のころの話だが。
だから、この目の前に広がる惨状は多分、気のせいなのだ。
「ふん、目の錯覚だな。」
言いきった。
キッチンはなんとも形容しがたい状況に陥っていた。というよりテロだ。
テロが起きたとしか思えない。
鍋底が焦げたとかどうでもいい。
電子レンジにかけたプラスチック容器が熱で溶解したとか、たいしたことない。
コンロの火が強すぎて危うく警報なるところだったとか、煙でスプリンクラー作動しなくて
よかったとか・・。
「もろもろ大丈夫だ。」
うん。と勝手に頷く。
何がいけなかったんだろう、と石田さんはエプロンのポケットに手を突っ込んで首を傾げた。
そうです。
ただ今、バレンタインのチョコ製作中。
それなのにキッチンはチョコの残骸まみれ。出しっぱなしの材料にボロボロにされた
調理器具。
まるで戦場のようだ。
「おそらくキッチンが惰弱なのだな。」
「違うぞ三成。」そう突っ込みを入れてくれる友達が訪ねてきてくれたのは、
それから10分後であった。
「あのな、兼続、これはだな・・」
「まぁ待て三成・・・・」
頭でも痛いのか、兼続は米神を抑えながら、もう一方の手で三成の言葉を制す。
「今回は私のフォローできる範囲を軽く飛び越えているぞ・・! なにがあったのだ!!?」
「いや、俺はただチョコを」
「馬鹿な!」
「はぁ?!」
「落ちつくのだ・・・で?」
「で?って」
「いったい何を作ろうとしていたのだ、」
「チョコ的な?」
首を傾げ、にこっとほほ笑む三成。
まるでちょっと失敗しちゃった、で済ませようとしているようだがそれで済むレベルではない。
「的な・・・・物体か」
「おい! 食べ物だ、物体とは何事なのだよ?! もともとチョコなのだからそれ以外には
なりようもないだろうが」
「なんとっダークマターではないのか、」
「おのれ兼続ぅ、ああもう! 貴様もういい帰れぇっっ」
バシバシと兼続の肩を両手で叩いてくる。
その顔が尋常じゃなく紅潮しているのはおそらく怒りのせいだけではない。なんでも完璧にこなす
彼だが、こと料理やら家事には疎い。それが恥ずかしいのだろう。
「悪かった悪かった三成、で、本当はなにを?」
「ん、ガトーショコラ」
「・・・・・・思い切ったな。」
「・・・・まあ途中で焼ければなんでもいいや、と思ったけどな。」
「あぁ☆」
とんでもない発言だ。だが兼続はもう突っ込みをいれることはなかった。
その笑顔は悟りを開いたように優しかったとか、でもないとか。
「あきらめるなよ!! なんでちょっと憐れみの目を向けてくるんだお前?!」
「すまない三成・・私の力不足だ」
「ちがうっそういうことじゃなくて」
「食べられるものを作ろう、いっしょに。な?」
「また作るのか、」
「材料はまだあるだろう、簡単なものならまだ間に合うはずだぞ。私とお前の愛で
なんとかなるはずだ☆」
うざい。
とてもうざいが仕方ない。この状況は一人ではなんともしようがないのだ。
三成は渋々、頷いたのだった。
そして結局二人は出来合いのマドレーヌのミックス粉を買ってきた。
あとはバターと卵があればできるとか。文明の利器である。これならいくら三成でも失敗
しないはずである。
「で、三成? このチョコ誰に渡すつもりだったのだ?」
しっかりエプロンを着用した兼続は、粉を振いにかけながら問う。
「お前。」
「な!!」
危うく粉をこぼすところだった。
嬉しい。
だが・・・・食べられないだろうあれは。先ほどのダークマターを思い出して兼続は
身震いした。
「あと、幸村と左近と」
「うぇぇえ?」
「吉継と行長と」
「まだいるのか?! う、浮気者め」
「はあ? 友チョコとかいうやつだろう・・・流行ってるってTVで言ってたぞ。」
はにかみすら苦手な三成は不機嫌を装って唇を尖らせる。
そんな仕草も慣れてしまえば可愛いものだ。兼続は肩をすくめて頷いた。
「ん、・・では義チョコだな」
「それは違うだろう。なんか義理チョコみたいで嫌なネーミングだな。」
「そうか? というか、私は今自分の分を作っているのだな☆」
「え、ああ・・。」
ごめん。それはごめん、と思うものの口にはしない。というか、バツが悪すぎて言えない。
「まあ、お歳暮みたいなものだろう。仕方ないから皆に渡す。」
「うむ、次は愛のこもったチョコを私にも送ってくれ!」
「・・・・え、ああ。考えておく」
上機嫌の兼続をよそに三成は、「来年は作らないだろうな」と心の中で詫びていた。
さてさて、
この後、ミックス粉にしっかりマドレーヌと書いてあるにもかかわらず、二人が液を流しこん
だのはマフィン型であった。
まあそれでもしっかり焼けたのだが。できあがったのはマフィンというにはうすべったい、
マドレーヌと言うにはケーキのような物体であったとか。
END
私は、愛を込めればそれでいいと思いますけどね。(え?
失敗シーンは、ところどころ私の実話です・・・あーあ。