『CALL ME』


  淋しくなんかないよ
  だって一人は慣れてるから。

 pililili lilili....

 バイブにし忘れた携帯電話が素っ気ない着信音をたてて存在をアピールする。

 ――― めんどくさい。

 それが今の心情。

名前を確認するまでもなく、三成は黒い携帯を開いて耳にあてた。
「はい? 」
『もしもし三成さん、』
自分に電話をかけてくるのは客か、仲介人くらいのものだ。
三成はちょっと考えてから言った。

「・・・島左近」

最近よく聞く声。
まあ、もっともこんな耳に残る声を聞き違える事などないのだが。

『フルネームですか、好かれてるのか嫌われてるのか分かりませんね』
三成はなぜかほっとして肩の力を抜いた。
「別に。それよりどうした? 」
それでも左近の苦笑もさらりと流す。 
周りを歩く若者たちに辟易としながらアスファルトの坂道を下る。

『あれ、もしかして急いでます? 』
「いや、別に・・・そういうわけじゃないが場所がちょっと。なあどうした、用があるなら早く」
『偶然通りかかったから、ちょっと会いたくなって。』
 通りかかる? どこを? 
一瞬日本語なはずなのにうまく聞き取れなかった。

「は? なに言って」

三成は無意識に辺りに目をやった。
直進方向、十数メートル離れた所に止められた黒のセダン。

「まさか、」
漆黒と言いたくなる重量感と高級感を備えたボディーには見覚えがある。
いかつ過ぎず、かといってスポーツカー独特の軽薄さもない。 
お洒落な大人の男か一歩間違えばその道の人を匂わせる高級車。

「ばかな・・・」

耳から携帯が外れていることにも気付かず、三成は車に走り寄っていた。


 
つかつかつか

そんな堅い靴音が似合う人だ。
しかも、必死な顔が怖い。

( 美人は怒ると妙に迫力があって困るな。 )

やれやれ、と怒らせた元凶のくせに左近は肩を竦めてウィンドウの開閉ボタンを押した。
ちょっと頬を上気させたまま三成が窓枠に手をつく。
「・・・・・島左近」
「あはは、またフルネームですか、もしかしなくても怒ってますよね? 」
「っ・・はあ・・どういうつもりだ?」
般若の形相に左近は参りました、と両手を上げてホールドアップのポーズをとった。
「ほんとに偶然通りかかったんですよ。向こうからあなたが歩いてくるから、つい。声をかけて
 みたくなったんです」
「ぐうぜん、」
 偶然なのか。
それもそうだろう。 
三成は思案げに首を傾げた。

三成は左近のことなど何も知らない。
それは左近も同じはずだ。 
素性に関する事など、一つも明かしていないのだから。
「乗ります? 」 
納得したのか、諦めたのか、それでも三成は不承不承、助手席に回った。
勝手知ったるなんとかで。
さっさと指定席に収まった三成は憮然として下を向いている。
「家でも駅でも好きなとこに送ってあげますよ。なんならフルコースでも」
「好きにしろ。」
「じゃあ好きにします。」 
仄かな陽光に照らされて三成の高い鼻梁は白くて真っ直ぐな線を引いたよう見える。


「そういえばこんな明るいうちに会うのって初めてですか? 」
ミラーを直して、坂道を緩やかに走り出す。
「ああ・・・」
見れば左近はばっちりスーツ姿だ。仕事の途中なのかもしれない。

一方の三成は、白っぽい開襟シャツに濃紺のジャケットを羽織ったラフな学生スタイル。
着こなしがいいだけに、パーカーでもスーツでもきっと似合うのだろう。

「やっぱり学生さんでしたね」
三成が素性を明かしたくない理由の一つだ。 
彼には最悪なことに、左近は三成が通う大学の近くをたまたま通りかかり、敷地から出てく
るところまでばっちり見てしまったらしい。 

「やっぱりって! どういう意味だ?」 
「そんな怖い顔しないで、深い意味はないですって」
はっとして三成はバツが悪そうにまた下を向いてしまった。
「だって三成さん若いから。社会人って雰囲気でもないし、んー頭も良さそうだしね? 」
三成の通う大学はイメージ通りというか、名の通った私立大だった。
「・・・それだけ? 」
まだ疑いの眼差しを向ける青年に左近は本当ですよと頷いて見せた。
「三成さん、俺をなんだと思ってるんですか信用ないな〜。そもそも調べようもないじゃないで
 すか。あなた何にも教えてくれないんだから」
「いや、だから俺が寝てる間に財布見たりとか? あとつけたりとか・・・」
「・・・ヘビーですね。いくらなんでもそこまでしませんて。だいたい学校の前でずーっと
 待つとか、俺はそんなに暇じゃないですよ。」

暗に自意識過剰じゃない? と言われているような気がして三成は赤面してしまう。
「わっ分かってる! 別に疑ってるわけじゃないが・・・いろいろあるだろ!! こんなとこ
 ろを知り合いに見られたらどうするんだ。」
「まずいですよねー」
「分かってるのかほんとに・・・おまえ面白がってるのか?!」
「いやいや。それにしても三成さんがこんなに可愛い人だったなんて、嬉しい誤算です」
「はぁ? 」
「いつもは完璧に綺麗だから。なんか付け入る隙がないというか」

どこか人形のような人。 綺麗な顔と、冷たい瞳に影を宿す。
何度、抱き締めても、口づけても、その心には決して触れさせてくれなかった。

「でも今日は慌てたり怒ったりして、いろんな顔が見れて嬉しいですよ」
「・・・ど、どこでも見境なく口説くな! 」
「また怒らせちゃいました? 」

―――― めんどくさいんだよ。

ふいに三成は表情を曇らせた。
深みにはまるのは嫌だ。怖いから。
三成は左近の視線から逃れるように、流れていく窓の外の景色に目をやった。

「頭もいいし、お金に困ってるわけでもない。他の人には知られたくないと言う。
 なのにどうして、あなたはこんなこと続けてるんですか? 」

「・・・聞きたいか? 」

「教えてくれるんですか 」

「教えない。余計な詮索はするな、お前は客だろう? 俺のことなんか知らなくたって
 抱けるだろ!」
 
電話一本で呼び出して、それ相応の代金を支払って。
そんな関係のどこに互いを知り合いたい、なんて甘さがあるんだ。

「馬鹿みたいだ、俺を口説くな! 甘い言葉なんか吐くなっ全部ウソなんだから、
 聞きたくなんかない!!」 

三成の精一杯の叫びにも左近は答えない。
無性に腹が立つ。
だが、ただ見つめ返してくるだけの態度に三成は内心うろたえていた。
「優しくされてもなんにも感じないんだから、変に想ってるふりなんかしなくていい。俺は、」
 
―――寂しくなんかないよ

ダレかに救ってほしいなんて思ってないから、 だから、
助けてくれなくていいんだ。
 
「俺は・・・ふっうう・・なんで」

 なんで泣かなきゃいけないんだよ。

「三成さん、」

「・・っうう・・・・ぁあ」

――― 信号待ちの間、クラクションが鳴らされるまで左近は三成の肩を抱いていてくれた。


 コール・ミー 呼んでくれないか 
 あなたが必要としてくれないとボクはボクでいられない。

きっと今日も明日もボクはヒトリなんだね
忘れてしまうなんて嘘。 本当は忘れられることが怖かったんだ。

to be continued......?


不義☆なんだよ・・ちぇっ
いったい左近さんの職業はなんなんだ(苦笑;
今回、背景描写をなるべく抜いてみたんですが。分かりにくいことこの上ない!
殿を高校生にするか大学生にするかで相当悩んだ。
設定はちゃんと考えないとあかんね!(ヒドイな、おい。