『あなたに花束を』
毎朝、あるお客様の部屋に一輪の花束を届けるのが彼の日課。
(よろこんでくれるかな・・・)
幸村は不安そうに重厚なスウィートルームのドアを見つめた。
部屋の主は昼過ぎまで起きてこない。
白い詰襟の制服はこういうとき息苦しくて困る。カフスに指をかけながら朝いちばん
澄んだ空気の中、幸村は大きく深呼吸した。
「三成さん・・・よろこんでくれますように、せめて・・気付いてくれますように! 」
拝むようにして手を合わせてしまうあたり、かなりてんぱっている。
正直言ってこういうことは苦手だ。
どうせならいっしょに、と勧められた小さなメッセージカード。迷って迷って、幸村は結局、ただ一言
” あなたに ”とだけ書いた。
透明なセロハン紙と赤いリボンっでラッピングされた可愛い花束を見つめる。
可憐に咲くガーベラのオレンジはきっと彼によく似合う。
「うん、」
なんとなく誇らしい気持ちで幸村はドアノブに一輪の花束をそっと引っかけた。
幸村の仕事はベル・ボーイ。
朝のミーティングが始まる前にバックヤードに戻らねば。仕事は山ほどあるのだ。
きっと今日も仕事終わりは、へとへとになっているはず。
それでも三成のことを考えると自然、幸村の足取りは軽くなるのだった。
「おお幸村〜、今日も幸せそうだな? 」
「おはようございますっ兼継殿! 」
訳知り顔の兼継は幸村の顔を見るなり大きく笑って頷いた。
「日課の方はどうだ? 」
「え、ええ、そのぉ〜」
「なんのことだい?」と兼継の隣で大柄な男が首を傾げた。
彼は前田慶次、送迎車の運転手をしている。ちょっと変わり者だが、幸村にとっては気のいい
お兄さんというところだ。
「ここ最近、幸村は毎日702号室のお客様に花を贈っているのだ。それも朝一で。健気だろう?
愛、だな幸村」
先輩であり友人でもある兼継に言われて幸村は赤面した。
「兼継殿〜! やめてくださいっっ」
「そりゃあいい! しかし花とはねぇ、あんたも案外古風だ。ま、花を贈られて嫌がる女もいないか」
「いや、男だ慶次。」
さらり、と訂正する兼継の言葉にさすがの慶次も「え? 」と間の抜けた声を上げた。
「スウィートルームのお客様で・・・以前、荷物を部屋まで運ぶのを手伝ったことがあるんです。
すごく綺麗な方ですよ! それにあまり話したことはないんですけど、優しそうでした。」
「一目ぼれだな」
「う、うう〜」
「傾いてるねぇ〜」
にやり、と笑う二人に幸村は赤面して頭を垂れた。
完全に恋する少年と化した幸村はそれはそれは、からかい甲斐がある。もとい、可愛いのだから
仕方ない。
「にしてもスウィートにホテル住まいとは豪奢だな。」
「ええ、お金持なのか、そういう仕事をしているのか。」
「両方だろう。」
「セレブってやつですかぁ・・はふぅ」
倹約家の幸村にはホテルに住むなんて感覚がまず信じられないのだが。スウィートともなれば
一泊のお値段もそれなり。
「そういえば清掃委員のマダムが作家なんじゃないかとか言っていたな。部屋にいろんな客が出入り
するらしい。あの美貌だ、俳優なんて噂もあながち間違ってはないかも知れんぞ幸村? 」
「え、俳優って芸能人ですか?! ううん作家にしろ、私など相手にならないですよね・・」
天国から地獄へ急直下。悲しげに目をふせる幸村はなんとなくふるふる震えるウサギっぽい。
( い、いかん自信をなくさせてしまったか?! )
兼継は精一杯声を励ます。友の危機は放っておけないのだ。
「そんなことはないぞ幸村、」
「兼継殿? 」
「希望を持つのだ幸村、愛の前に格差など無に等しい。お前のひたむきな思いはきっと心に届くぞ! 」
「そうそう、当たって砕けろってね。諦めちまうには早いんじゃないかい? 」
「おお! ありがとうございますお二人とも、そうですよね。」
ぱぁあーーー
そんな擬音がぴったりくる笑顔を浮かべて幸村は拳を握りしめた。
「今は花を贈るのが精いっぱいですけど、頑張ってみます、」
そう、落ち込んでいる暇はないのだ。
彼はホテルマン。仕事はいくらでもある。
「それでは二人とも、お先に失礼します! 」
復活した幸村は元気にフロアを駆けて行ってしまった。
「若いねぇ〜」
単純なことは素晴らしいな、と兼継も苦笑してその背を見送った。
「そういえばあの花ってのは毎日どうしてるんだい? 」
「ん? それはだなぁ、あれだ。」
兼継が差した先には大きな花瓶がある。ロビーを飾る大輪の生け花。花があるだけで雰囲気ががらっと変わる。
これもプランナーが毎日のように頭を捻らせて飾り付けた苦労の賜物だ。
「業者が届けてくれるのを一本、もらっているそうだぞ。朝どれだな。それに一輪で贈っても恥ずかしくない
ものなはずだ。」
「なるほど、分けてもらってたのか健気だねえ〜」
「ああ。うまくいくといいのだが、さて、私たちも仕事に戻ろうか」
今日も忙しいんだから。と兼継。
さあ、一日はまだまだ始まったばかり。
”今日もあなた(お客様)にとって幸多き一日でありますように”
to be continued...?
長いのでちょっと分けます(あぁやっちまった〜
短くしたかったのに! なぜか一話完結が苦手化してきた;
ん〜高級ホテルとか縁がなくて想像すらできない(え
イメージは韓流ドラマ☆ ライトでポップなメロドラです。
なんも考えないで楽しめる作品を目指してるんですが・・・少しは考えろ自分っ