『あなたに花束を』のつづきです! 


『あなたは笑ってくれますか?』


703号室の朝は遅い。
というかもうほとんど昼過ぎ。

部屋の主はうっそりとドアを押し開けた。
その様はさながら幽鬼か冬眠から覚めたクマという凶悪さ。
そんなんだから不機嫌に刻まれた眉間の皺のせいで、せっかくの美貌も半減
してしまっている。
彼は、肩まで伸びた赤い髪を無造作に掻き上げてあくびを噛み殺した。

見ればドアノブに何か引っかかっている。 
「なんだ? 」
クリーニングの札と、もう一つ。
「よくもまあ毎日毎日、飽きもせずに。」

言って自然唇が笑みの形を刻む。
「バカな、俺も血迷ってる」
三成は肩を竦めた。
嬉しいとか、そういう次元ではない。
花は好きでも嫌いでもない。
どちらかというと、そう。面白がっている。
ここ最近、毎朝届く小さな贈り物。きちんとラッピングされた名前も知らない花。
差出人は不明である。
一輪でも花束、と言うのだろうか。ふと、そんな疑問が頭をよぎる。

リボンにつけられた名刺サイズのカード。
いったい何が書いてあるのかと、期待してみるが。
「”For you” あなたに、か・・・。なんのひねりもないな。」
初めてのメッセージカードに三成の興味は唐突に失せてしまった。
飽きっぽいのはご愛嬌。
三成は人差し指と親指で摘み上げたカードを睨んで鼻を鳴らした。
もう少しマシなことを書けんのか。とか、男に花を送ってどうする? とか。
言いたいことはたくさんある。
が、今はとにかく眠い。

部屋に戻った三成はどうしようか迷って、結局、花束を備え付けの化粧ダンス
に放り出してしまった。

――今日はすごく忙しいのだ。

これでも一応、三成はミステリー作家を職業にしていた。別にこだわっている
わけではないのだが、どうにも恋愛ものは苦手なのだ。
最近ではロマンスだとかなんだとかとは無縁の、歴史評論家になりつつある・・・。
ともかく、これから編集者に会って打ち合わせだ。ついでだから、一度自宅にも
戻りたい。
いい加減、着の身着のままもダメだろうし。
快適なホテル暮らしと言えども資料に日用品、なんだかんだ荷物も運ばなきゃな
らない。

 それで帰ってきても執筆・・・溜息が出る。
ただでさえ低血圧で朝は苦手なのに。こんなんじゃ起きる気もしない。
軽い貧血のような目まいを感じながら、三成は時計と睨めっこしてまた一つ溜息
をついた。

「あと30分したら起きよう、うん。間に合うはずだ、どうせ迎えにくるのはあの
 男なんだし」
そう誓って三成はベッドにふらふらと倒れこんだ。
最悪、迎えが来てから起きたっていい。大人としてどうかと思うがそこは都合よく
無視。
睡魔の甘い誘惑に三成はあっさり無条件降伏を決め込んだ。

眠らせろ。今はそれが一番。



  *      *      *



「よう三成、今日も綺麗だ。美しい人には美しい花が似合う。まあ、あんたの
 前じゃどんな花も霞んじまうがな、花に罪はない。受け取ってくれないか? 」

 ドアを開けたとたん突きつけられたのは真っ赤なバラの花束。

三成にしては珍しく面喰って素直に男と花束を見比べてしまった。
その様子に男、孫市は満足したのかドアにもたれかかって気障な笑みを浮かべた。
孫市は三成担当の編集者だ。こんないい加減でも仕事はきっちりやる。
「どうだいセンセ、お気に召さないかな、ん? 」
「・・・・これは」
「バラ、花言葉は愛。」
「なんで急に花なんか・・・」
「どうせピリピリしてんだろ。潤いのない職場じゃいい作品は生まれないぜ、乾き
  きった職場に花を、なんてな。」
「それじゃあ今までの花も孫市が? 」
「あ? なんのことだか分かんねえけど三成が喜んでくれてるならそれでいいや。」

受け取った花束は両手で抱えなければならないほどだ。多分、50本くらいはある
のではないか。
真赤なバラなんて普通ドギツい。それが少し黄色みを帯びた花弁は、これだけの束でも
繊細さを失っていない。
孫市のセンスの良さだろうか。

しげしげとバラを見つめる三成の顔は今にもバラにうずめられてしまいそうだ。
「孫市らしい」
「おっ喜んでくれてる? 綺麗だろう、三成は花、好きか? 」
「いや・・・すき、でも嫌いでもない。綺麗だけど」
もごもご言うのはたいてい恥ずかしがっているから。
と、自称百戦錬磨の恋愛マスター☆孫市は勝手に確信した。

「メガネ、外しなよもちろんメガネの三成も可愛いけどな。もっとよく顔をみせて
  くれないかハニー 」
「・・・おっと、さっきまで原稿書いてたから。」
言われて三成はノンフレームの眼鏡を外した。
「最近、目が悪くなって。原稿の量を減らしてほしいものだがな。」
「俺とお前の仲だ、なんとかしてやろう! と言いたいとこだが、それはフツーに
 無理。俺ってば公私混同しない主義なのよ。悪いな三成」
言って、孫市は三成の髪を一束手に取って柔らかな感触を楽しむ。
「わかってる」と呟く三成はそんな悪戯な手を容赦なくはたき落した。

「まったく、だいたいどんな仲だ 」
「恥ずかしがんなよ、よく言うだろ編集と作家は夫婦って。二人三脚で頑張ろうぜー?」
「ばか。」
拗ねたような顔がまた可愛らしい。
「俺は本気だけどな、さーて、そろそろ行くか? 話はめし食いながらにしよーぜ。」
ちょっと待ってて、と三成は懲りない孫市をぐいぐい廊下に押し出した。
「おいおい三成ぃ〜」
「すぐ済む。着替えるから」
「お前、もしかして寝てた? 」
「・・・・孫市、花が枯れるから、水につけなきゃ。」
模範的な頬笑みを顔に張り付かせた三成は部屋の奥に消えてしまった。


(誤魔化しやがった・・・)
「たっくしょーがねぇな。」
なぜか楽しそうに孫市は煙草に火をつけて天井を仰いだ。
「待つのも男の楽しみってね、」

――― もてる男は言うことも違います。




はい。ゆっきー出てこない。孫市さん怪しいし・・・。
孫三ってよくない? のノリでやってしまった。
二人の関係性がいまいち掴めなかったけど。アリです私の中では(笑;
三成は作家とか向いてない気がするのはなぜでしょう??