「あなたは笑ってくれますか?」の続きです!



『あなたに愛を! 』


――扉を開けると、差し出されたのは真っ赤なバラの花束。

(なんで居合わせるかな・・・。)

たまたま同じフロアのお客様に荷物を届けたところだった。
隠れる必要もないのに、幸村は壁に張り付いてしまう。

いたたまれなくなって俯けば見えるのは毛足の長い絨毯だけ。
泣きたいけれど逃げ出す気にもなれない。

『よう三成、今日も綺麗だな。美しい人には美しい花が似合う。まあ、
  あんたの前じゃどんな花も霞んじまうんだけどな♪ 花に罪はない、
  受け取ってくれないか? 』

見事なバラの花束に、あの人は少し戸惑ったように男を見つめ返した。

「三成さん・・・」
 なんだ。
あんな立派な花束を贈ってくれる人がいるんじゃないか。
たった一輪が精一杯の自分とは大違い。
スーツを着崩した男は軽そうだが、気障なセリフが似合う色男には違いない。

嬉しそうに抱きかかえた花束を見つめる三成。

『それじゃあ今までの花も孫市が? 』
三成の無邪気な問いに幸村はどきっとした。

―― その花は私が・・
言い出せない。

『あ? なんのことだか分かんねぇけど、三成が喜んでくれてるならそれで
 いいや。』
『なんだそれ・・まあいい。礼は言っておく・・』


「うわ・・・」
終わった。
なぜかそう思ってしまうと、もう目の前が真っ白になった。
「私はなにをやってるのかな、」
ばかみたい。
それだけだ。もう他に何も思いつかない。

幸村は背を向けて従業員用のエレベータに向かって歩きだした。
『ちょっと待ってて』と言う三成の明るい声も幸村には空しく響く。


毎日、毎日、花束を贈ること。気持ちだけを届け続けたけど。
それさえも無駄になった。
三成にとって幸村など、初めからまるでいなかったのと同じだ。


(泣きたいよー・・・。)



*            *             *



「まったく。あー重たいっ! なんで洋服ってこう重いかなー」
がらがらキャスターつきのバックを引きずりながら、三成はラウンジを
さっと見渡した。
ホテルには意外と段差があるものだ。
左手でキャスターを引きずる。
おまけに、右手には茶封筒。資料になる雑誌がいくつか入っているから
これが結構重い。
「新しい企画ってなんなのだ孫市の阿呆! 俺を不眠と過労で殺す気なのか。」

若手作家の特集だとかで、雑誌にコラム形式で何か書いてほしいと三成にも
声がかかったのだ。
それはいいのだが
「恋愛ものは書かないと言っただろうが・・・」
というか書けないし。
孫市が言うには、
『いいんだけどー歴史ミステリー作家とか堅苦しいんだよな。もっと人の食い
 つくもん書けよ。ちょっとでいいからさ、恋愛色、入れてみてくんない?』
だそうだ。
それもまあ仕事だから、割り切れないこともない。

だが、その上 『売れる、三成が顔出したら今の三倍は売れる! 』なんて言い
切られた。
プロフィールとか、顔とか、そう言われると特集なんて嫌になってくる。
顔を出すのは嫌だと思いっ切りごねたら、それじゃあ密着取材をさせろときた。


「はあぁぁ〜・・・」
お疲れモード全開で重たい体を引きずる。
そんなところにちょうど良く歩いてきたのはポーター。
ちょっと撥ねた黒髪と愛嬌のある瞳。何度か話したことのある青年だ。
「あ、おいちょっと」
 手伝って、と声をかける。
三成は人見知りなのだが、この青年の物腰の柔らかさはそれを忘れさせてくれた。

「はい! ・・あ・・・」
気付いた彼は、ばつの悪そうな顔をしてそれからすぐに気弱な笑みを浮かべた。

「み、・・・石田様、お帰りなさいませ。 」
「三成でいい。俺の部屋まで頼む、幸村。」
「は、はい! 」
「お前がいて良かった。一人じゃ運ぶのに苦労した」
「は、はぁお役に立てて嬉しいです」
あんなに落ち込んでいたのに、三成に微笑まれるだけで幸村は嬉しくなってしまう。
(これだから美人は始末に負えないんだ。)


 三成からキャスターバックを受け取ったところに、
ちーーん、という軽快な音を立ててエレベーターがやってきた。
「すごい荷物ですね〜お仕事ですか?」
密室に二人きり。
幸村は無駄にときめいてしまう自分が情けなくなった。
脈なんてこれっぽちもないのに。
「まあ、な。そっちは服、これは仕事で使う資料。これでも一応作家なんだ。」
三成はなんの気もなく目を細めて言う。
それだけの仕草が幸村にはたまらない。
「へ、へぇーそれはすごいですね! (あの噂は本当だったのか) 」
奥の壁にもたれかかった三成が小さく笑う。
「無職だと思ってなかったか俺のこと? 」
「ま、まさか! 」
「ふうん? 」
セレブだとは思ってましたが・・・。とは言わない。


キーを回して扉を開く。

「う・・わっ・・・! 」
 開いた扉から見えるだけでも部屋が花でいっぱだ。
「ああ、すごいだろ? こんな職業だからな、物はたくさんもらうんだ。」
どこのか分からないお土産の箱が重ねられ、ご当地グッズが床に落ちている。 
鉢ごとラッピングされた胡蝶蘭に、さっきもらったものだろう、花瓶には真っ赤
なバラまで活けられている。

「は、はあすごいですね・・・」
見ればバスルーム近くまで本が散乱しているしまつ。
部屋の主はそれを気にした風もなく足でどかす。幸村はドアを押さえてやりつつ
呆気にとられてしまった。

「汚いー? 」
「い、いえ! 」
「まあ、掃除係の人には悪いと思ってるんだがな・・・最近はどっかのバカのせ
 いで部屋が花だらけでさらに汚い。」
「す・・すみません・・・」
「え? ああ、そうそう毎日花が届くんだ。一輪だけ、面白いだろ。」

面白いのかはなぞだ。
「えっと、そういうのって迷惑ですよね? 」
「まあなー」
やっぱり。
「差出し人がないのが気持ち悪い。」
「・・・・そう、ですよね」
がっかりした様子の幸村を見て、三成は何か言おうとしてやめた。
その代り、
「でも、あれは気に入ってる。」
封筒も、キャスターも、放り出して三成は部屋の奥を指差す。


「え? 」
 シンプルな一輪差しの花瓶に活けられているのは可憐なオレンジの花。
今朝、幸村が贈った花だ。
「あの花? バラもらってあんなに嬉しそうだったのに・・大切な人からでしょう? 」
「見てたのか、・・大切というか孫市はただの編集者だ。」
「えぇっ恋人じゃないんですか! 」
「はぁ? なにをそんなに驚く、普通にありえん」
 てっきりそうだと思っていただけに、あっさり否定されて幸村は拍子抜けしてしまう。
「ち、違うんだ・・・そうなんだー」
「それよりあの花、一輪だけって変だろ。でもなんか暖かい気がして。幸村、なんの
 花か 知ってるか」
「知ってますよ」

綺麗な横顔に幸村は素直に頭を下げた。
「すみません三成さん、」
「ん? 」
「気に入ってもらえて嬉しいです。あの花、ガーベラは・・なんとなく三成さんに
 似てると思って」
「俺に・・・? 」
「その〜太陽みたいで綺麗な・・・あなたは優しくて強い人だから。」
 三成は眉根を寄せた。
「お前が贈ってたのか。詳しいんだな、俺のことよく知らないのに」
「はい・・・」
その通りだ。彼の事などなにも知らない。
怒っているのか三成は憮然として腕を組んでしまう。

「もう花を贈るのはやめます。すみませんでした。でも、何も知らないけど・・・
 好きなんです三成さんのこと! 」
「うっ・・ 」
 面喰って三成は思わず一歩後ずさってしまった。
「ど、どこが? 顔、とか言うなよ。俺はそういうのは、そういのは嫌いなんだ・・! 」
 言ってしまった。
三成は少なからず自分の言動を呪った。
言わなくていいことまで言ってしまった。

この容姿だ。勘違いな男にいい寄られた嫌な思い出も少なくない。 
人形みたいだと言われるたびに、好奇の目で見られるたびに、人が、人と会うのが嫌に
なった。
幸村はどうだろう・・・?
毎日花を贈ってくれた。

「どんな奴かと想像してたんだ。きっともの好きな奴なんだろうって、」
「三成さん? 」
「毎朝、必ず贈ってくれただろ・・でもそんなに思ってもらうほど、俺はいいやつか?
 俺にはそんな価値ない。人には横柄だと言われるし、部屋も汚いし、りょっ料理が
 できるわけでも、優しいわけでもないし・・なんかイメージ壊した、よな? 」
ごくりと唾を飲み込む。
優しそうな幸村。彼に、見た目が好きだから、と言われてしまったら。
(俺には人としての価値がないってことか、)


「えっとお部屋は、その正直驚いたんですけどそんなことで嫌いになんてなりません! 」
「やっぱ部屋は汚いと思ったんだ・・。」
「どこが好きかって言われると自分でもなんて言ったらいいか・・三成さんは綺麗な人で、
 容姿に惹かれないって言ったら嘘になりますけど。絶対それだけじゃないです。」
「ど、どうだか」
「うん、あなたが笑ってくれると私も嬉しいんです! 話さなくてもあなたに会えるだけで、
 あ、見かけるだけか・・えっと、その日一日元気でいられるんです。今日はどんな一日だっ
 たのかなって、疲れてそうだったら私も気になって・・・それで、毎朝起きると今日も三成
 さんが一日幸せだといいなって思うんです。」
「それで毎朝、花束だったのか。」
なんとなく笑ってしまう。
「単純というか健気というか、」
「それに、三成さんは優しい人ですよ、もらった花が捨てられなくて部屋中、花だらけになっ
 ちゃうくらいですから。」
「それは!」

にっこり笑う幸村に三成は眉尻を下げた。

「想像したよりいい男でよかった。」
「は? 」
「花束、毎日ありがとう。これは俺からのお礼だ。」
言って三成が茶封筒から取り出したのは、キツネが大吉の札を抱えたナゾのストラップ。
「もらいものだけど」と付け加えて幸村に手渡した。
「あ、ありがとうございます! 」
キスでも平手でもなく、ナゾの贈り物なところが三成らしい。
それでも幸村は喜んで家宝にしようと心に誓った。

「それじゃあ、幸村」
「は、はい! ・・明日も花束贈っても? 」

―― 今日もあなたにとっていい一日でありますように。

ドアを閉めつつ三成が笑う。
 「すごい花束じゃなきゃ受け取らない。俺に見合う花束もってこいよ幸村、」
世界でいちばん心をこめて。それ以外の花はいらないから。

 「もちろんです! 」

今日も明日もあなたにとって幸せな時がつづきますように。
幸村は、閉められた扉に行儀よく頭を下げた。

                                      
                                        ― fin. ―



・・・あれ?
韓流ドラマ目指したんですがね。どっからか幸村が乙女チックに。
しかもホテル関係ない! ああ〜
ガーベラの花言葉は、神秘とか美だそうで。三成に合うかな。
ちなみに、画像はもちろんガーベラじゃありません (え?!