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『箸が転げる』




 雲は笑い上戸である。それも、少々どころか、かなり度を越した・・。

 「おお、陸機! 」                                             

  見知った人影を見つけて、張華(ちょうか) )は太い腕をぶんぶん振りまわした。        

張華は晋の高官であり、自らも優れた詩家である。
その彼が都から、遠路はるばる郷里までやってきたのは、二陸に会うためだ。    
            

「張華殿、よく参られましたね。遠いところ、ご足労です。」       


 黒髪の利発そうな青年、――陸機はそう言って張華を出迎えてくれた。
今は郷里に弟と引き籠っているが、その名声は都にも届いている。若き才子である。

二陸にこうして会いに来るのも、あわよくば、官吏にスカウトしたい! 
という張華の一念によるところが大きい。

今のところ、いい返事は得られていないのだが・・・。


「いやいや、それよりわざわざ出迎え、ありがたい。」

「ええ、ここらへんは田舎ですから。迷ってしまってはいけないので、」

「そうか? 豊かな林に、清水眩しい湖、住むには穏やかでいいところではないか。」

 そこら辺の空気を全て吸い込みそうな勢いで、張華は深呼吸した。

「そうですね。冬には鶴も見られて、静かでいいところですよ。」

「うむ、」

 陸機の邸宅は林を抜けてすぐであった。

「そうですか、それは面白いですねえ」

「そうだろう、お前にも見せてやりたかったなあ」

客間に通された張華は、陸機と共に他愛もない話で盛り上がっていた。

「ところで、雲の姿が見えないが? どこかに出かけているのか。」

「えっ・・・いや、雲は、その~」

陸機は漆黒の瞳を泳がせる。

言い難そうに、形のいい唇が何度も開きかけては閉じてしまう。

「どうした、なにかあったのか? 」

「あっいえ、そんな大層なことではなく! なんと言いますか、
  人に会える状態でないというか・・」

「なに! それは病か? 」

「ああ違うのです! 雲は、いるにはいるのですが・・・その」

  
   ゴニョ ゴニョ、


「は?」

「いや、だから、・・・笑い病でして~!」

本当にすみません~! と機は激しく頭を下げた。

「なんと・・笑病とはまた奇怪な、いや、それは大丈夫なのか?」

「あ、平気です。ただの笑い上戸なので。そのうち止まりますから。ははは、
 でも笑い過ぎると呼吸困難になって、ちょっとヤバいんですけどね!」

 
 いや、それ全然大丈夫じゃないじゃん。


本当にこいつ頭いいのか、と疑いかけた瞬間

「あ、兄上・・・」

柱にもたれかかって現れたのは、二陸の片割れ、陸雲であった。

「雲、もう大丈夫なのか? 」

「おお、雲! 久しぶりだな」

「ふふふ、平気ですよお、・・・張華殿、いらっしゃいま・・ぷくゥ!」

 なんとか正気を取り戻そうとした雲の努力は、あろうことか身なりを正した張華に
 よって打ち砕かれた。

 そう、張華はお洒落な男であった。黒く硬そうな顎鬚を絹のリボンで結んでいたのだ。

「ぐはっ―――ひ、ひひ髭にリボンって」

「雲~やめるんだ! それ以上言わないで!」

ごっついおじさんが、顎鬚を絹のリボンで纏めていれば、誰でも笑うだろうよ。

しかし、そこで笑ったらダメなのだよ雲!

「うっくく・・バカ! 失礼だろ・・雲、笑っちゃダメだって」

「もっもうひわけありませ・・・ぐふ」

吹き出しつつなんとか止めようとする兄。

床を叩いて転げまわる弟。

「もう、馬鹿っ!この兄弟、バカ!」

 いっそ素直に笑ってくれませんか?  

なぜか張華は泣きたい気分になったとか・・。

                                       

                        
                        了


            二陸にとって張華さんは晋でのパパ的存在。
               実際にあった話らしいですよ。 雲は笑い上戸で、
               張華さんとの対面で爆笑しちゃったらしい。
               ・・・失礼な奴(笑)まあ雲のそんなところが可愛いんだけどww