※左近×三成です。
『優しい王手のかけ方』
「頼む左近、俺は・・・勝ちたいのだ!」
ひらり、と庭の桜が風に舞った。
「殿、そのセリフは大事な時のためにとっといてください。」
「ちっ けちだな左近。」
小春日和とはいえ、縁側での対局はまだ早かったか。時折、
冷たい風が吹く。
中盤に差し掛かった時点で左近は三成の大人げない、もとい情
に訴えかける作戦に悩まされていた。
「頼む、左近・・・」のくだりと「頼りにしている左近」の笑
顔で結局、二度の待ったを許してしまった。
―――ぱん
三成は指先まで高潔にできているのか、将棋を指す手に思わず
見惚れてしまう。
まあ、それで勝てるわけでもないのだが。
「おや、天下の知恵者も将棋はまだまだですな。」
何故か嬉しそうな家老に三成は眉根を寄せた。
「悪い手だったか? 」
「いえ、ただ殿、駒を惜しみすぎては、ね? 飛車、角交換と
言っていい駒と交換するのが原則なんですがねえ。」
「・・・俺は案外、節約家なのだよ。だいたい左近が強すぎる
のがいけない。」
ぷうっと頬を膨らませる姿に左近は笑いを堪えた。
言い訳になっていないところがまた可愛らしい。外では随分敵
が多いこの殿さま、なぜか家中ではすこぶる人気が高い。
というか、もう溺愛で、それはそれは傍から見たら異様なほど
愛されていたりする。
ふと、目が合った主は何か思いついたらしく口角を吊り上げる。
「左近、俺が勝ったらお前に一日休みをやる。」
「なんですかそれ、」
明らかに裏取引の匂いがするんですが・・。
多忙を極める佐和山主従だ。左近にとっても一日の休暇は魅力的
なはず。
だが、
――――ぱちん
「王手ですよ? 」
「うっ・・・全然手加減していないではないか左近? 」
恨めしげに睨んでくる美貌の人に左近は溜息をつきかけた。
(分かってないのはあんたの方ですよ、殿。)
「せっかく休みを頂いてもね、それじゃあ殿の傍にいられないで
しょうが、だったら俺は一日中殿の傍にいたいんですがね? 」
「むう・・・なんなのだ人がせっかく。」
「とーの? 」
「では左近、お前が勝ったらお前に一日休みをやる。存分に一人
で過ごすといい。な? 」
にっこり。
鬼か。左近は一瞬三成の冷徹さを見た気がした。
「はいはい、今度だけですよ? ってもう三回目ですけど。」
(本当に人の動かし方ってもんが分かってないな、この人。まあ、
知ってたんだですがね。)
餌を吊るせばいいと思っている節がある。
「まったく、粘りますな。なんでそんなに勝ちにこだわるんですか
ねえ? 」
「・・・・ではないか」
「え? 」
「当たり前ではないか、やるからには勝ちたい! 左近は違うのか?」
「えっと〜・・」
三成相手に将棋をするのは楽しい。だが、そこまで勝ちにこだわ
るような事だろうか。
「お前はいつも俺の後ろをついてくる」
「は? まあ、そうでしょうな家臣ですし。殿は存外前しか見えない
お人だ。代わりにこの左近が周囲に気を配らねば。そりゃあ大変で
すよ。」
「そ、それだ! いつも俺を子供扱いしおって、ゆ、許せん・・」
「すぐ怒るところが子どもなんですって」
とうとう笑い出した左近に、ぷいっと横を向いて三成は早口に言っ
た。
「後ろにいるくせに、俺はお前の背中ばかり見ている気がする、
い・・・いいではないか」
「なんです? 」
「たまには、隣を歩いてもいいではないか? 」
将棋でくらい勝って、お前の隣を歩きたい。
「殿、・・(反則的な可愛さだ!)」
ぱちん―――
「王手だ。」
「え、・・・今の流れでですか? 参ったなこりゃ」
降参のポーズを取れば
ふいに、盤を超えて三成の顔が近付く。額に落とされたのは
触れる程度の口づけ。
仄かに香る桜の香りに囚われた。
「約束通り休みをやる、左近の好きにしろ。」
「では、一日中殿のお傍に。」
「 ―――物好きな・・・」
ひらり、ひらり、早咲きの桜が盤を染めていく。