※ パラレル! ほのぼのです。




『ラプソディー・イン・チャイナ』


突然だが、貧乏だが好青年の黄耳くん(22歳)の住まいは壊れそうな
川辺のアパートである。

四階建て築云十年、外壁はコンクリート剥き出し。
二階のベランダからは屋形船さながらに川が望めるのだが、リバービュー
ならぬ、崖っぷち感が強い。
おまけに八畳の狭くて生活臭ぷんぷんの部屋に、そう ――三人で暮らし
ている。



ぎゅるるるる〜・・


切なく鳴る腹に、陸機は赤面して手を振る。

「び、貧乏なんじゃない! 節約家なんだ! 」

「はいはい、分かってますよ。昨日も同じこと言ってましたけど? 」

「本当だぞ! 」

陸機さんはぷりぷり怒って頬を膨らませた。
でも、その手はしっかりとカップ麺にかやくを入れている。

「お腹減ってるならもっと食べればいいじゃないですか。いくらうちが貧乏
 でもそれくらい平気ですよ。それに、陸機さんは高給取りでしょ。」
黄耳と違って二陸は高学歴高収入なのだ。
どういうわけか二陸は黄耳のもとに居候もとい同居している。
が、実はこの家では黄耳が一番貧乏だった。
しかし、この申し出に陸機は「いいんだ」と首を横に振った。 

「でも、」

「たしかに私たちはその気になれば、どこででもそれなりにいい仕事に就ける。
 お前と違って頭いいし、元がいいからな。」

「あれ? 後半悪口だ? 貧乏人に対する差別だ! 」

喚く黄耳をあっさり無視して陸機は話を続ける。というか、陸機さんは普段
からあまり人の話を聞かない。

「しかしそれはお前の望みではないんだろう? まあ、お前の望みが『ない』
 ばっかりにこんな有様なのだよ。」

 陸機さんは三分たったのか、カップ麺の上の割り箸を取って「いただきます」
と行儀よく手を合わせた。

「大企業の重役になりたいだとか、そういうんであればだな、私たち兄弟をスパイ
 に送り込んだり、資本金稼がせたり、いろいろできるんだがな。あつ・・」

 ふうふう、言ってラーメン食べてる人の言う台詞には思えないのですけど?

そんな黄耳の視線に気づいたのか陸機さんは機嫌を損ねたらしく眉根を寄せた。

「妖精さんはそういうものなの! 」

「ハサミと妖精は使いよう、ですか。」

 この理屈で言うと陸機さんたちが定職に就かず、たまにバイトで稼いで食い
つないでいるのは、全て黄耳に責任があるということらしい。

「どうしてお金持ちになりたいとか言わないんだよ。」

「言ったよ最初に。」

初めに家に来たのは弟の陸雲の方だった。
たまたま露天商で買った(買わされた)小さな蒸篭のお土産品に文字通り、入って
いたのだ。
蓋をあけてびっくり、中から煙(蒸気?)と共に出てきたのは赤いチャイナ服の美少年。
千年の呪いから解き放ってくれたお礼に、とハチャメチャな奉仕活動を始めてしまった
のだった。


その数日後、現われたのがなんと、兄の陸機さんだった。
同じく、多分もとは対であったのだろう、調度雲のものより一回りくらい大きい蒸篭に、
やはり入っていた。

こうして、恐ろしくも強運で二陸を揃えてしまったのだが・・・

「そうだっけ?」

「そうしたら即物的な奴め、とか言って殴られましたけど? 」

 雲は小銭しか出してくれなかったし。

この妖精さんたちは、とんでもないお騒がせ兄弟である。

「ううむ、」

陸機さんが「それは、」と何か弁解するより早く、玄関で声が上がった。

「ただいま帰りましたよ兄上〜黄耳さん♪ 」

元気よく靴を脱ぎ散らかした陸雲は、買い物袋を持ったまま兄に抱きついた。

「おあっぷ、雲お帰りぃ・・・」

「はい!」

赤、と言っても良さそうな明るい髪色に、澄んだとび色の瞳が印象的な可愛らしい
少年だ。
丸い頬と細い頤のせいでやや幼く見えるものの、実は兄とは一歳違いの年子らしい。

「雲、苦しいよ〜そろそろ離れて」

「ああ、すみません兄上! つい」

なにがついなのかは不明だが、雲は危うく兄の首にしがみ付いたまま窒息させる
ところだったことに気がついた。

「お帰りなさい陸雲」

「ただいま帰りました黄耳さん。今日はお肉が安かったんですよ、久しぶりに
 おかずが豪華です♪」

雲はウキウキ顔でスーパーの袋を持ち上げて見せた。アパートから近所のお店までは、
たいてい雲が買い物に行く。こんなことに妖精を使うのはなんだが、まあ仕方ない。

黄耳も陸機もそれは良かったと、顔を綻ばせた。

 じゅう〜・・・

低い天井に香ばしい香りの煙が昇る。

 熱せられたホットプレートの上ではお肉パラダイス、肉焼き放題が繰り広げられていた。

「雲、それは私の肉だ」

「え? 違いますよ! こっちからここまでは雲の領土ですよ?」

「なにケンカしてるんですか、てゆうか二人とも肉いっぺんに焼かないでって! 」

 叫ぶとキッと陸機に睨まれた。
目が怖い、いつもより瞳孔が開いている気がする。

「黄耳はもっと野菜を食べるべきだ。」

「え、ええ? 」

ローテーブルには安っぽいプラスチックのプレートが三枚。
安い肉をいっぱい買ってみました。と言い切った風情だ。
脂身の少ない赤身薄切り肉、しかも豚と牛とが半々。野菜と米が多めの素敵な焼肉だ。

「私が置いたのは私の肉だろう?」

「違いますよ〜! 焼けたやつから早い者勝ちですよ? 」

「そうなのか? 」

「・・・違いますか? 」

兄弟は妙に律儀なのでケンカにもならない。お互いに「どうかなー」と呑気に
首をかしげている。

「その間に俺は肉を食べますよ、金出したの俺だし。」

「あ、」

「ひどいですよ〜!」

・・・・戦々恐々。
もとい黄耳と陸兄弟の楽しくも火花散らす肉争奪戦は、部屋が煙で白くなるまで
続いたのだった。

三人が一息つく頃には、夏とはいえすっかり外は暗くなっていた。
もちろんエアコンなどないから、夜でも窓は全開だ。
すぐ下を流れる川の揺らめきさえ見える。ゆらゆらと夏の明りは川面を生き物のようにたゆたう。
少し濁った川の匂いが鼻をかすめた。

「あーやっぱり食後には熱いお茶ですよね」

「ふふ、なんだか年寄りくさいぞ雲? 」

「えーそうですか? 」

きゃっきゃ言い合っている兄弟を見ていると自然に、黄耳の顔にも微笑みがうかぶのだった。 

ふと、こんな団らんを幸せ、と呼ぶのかもしれないと思った。
ひもじくても、貧乏でも、世の中にはきっとお金よりも大事なことがあるのだろう。

 ラプソディー・イン・チャイナ できたらこの幸せがずっと長く続きますように・・・

なんてお願い事は妖精には秘密にしておこう。と、思うのだった。


                                ―fin―


別名、焼肉小説。
妖精って、なあ。正統派歴史好きーさんには怒られそう(笑;