『最たるものは・・・』
「いい子に寝てましたか?」買い物から帰ってきた黄耳は、にっこり笑って未だベッドに横たわる主人を
見つめた。
「いい子って、私は子供か。」
不機嫌に言って陸機は咳きこむ。「大丈夫ですか士衡さま? それにしても珍しいですね風邪をひくなんて」
背中をさすってやると弱々しく「うああああ」とか言っている。
「仕方ないだろう、連日連夜の仕事責めで免疫が落ちてたんだから・・・はああ、
頭痛いしお腹痛いし〜もうだるい〜私これ死ぬんじゃない?」
普段丈夫なだけに、たまに風をひくとその苦痛は耐えがたいものらしい。そもそも本人が不養生の原因を作っているだけに同情しがたいのだが、・・・。
そこは犬の献身的な精神で乗り切った。
「死にませんて、ただの風邪じゃないですか。一日ゆっくり寝てれば治るんですよ、
それを仕事だの残業だのと、寝てないからこうなるんですよ? 」「あああああ、もう説教するな頭に響くだろうが。雲にも同じようなこと言われたぞ?
私は子供じゃないんだそれくらいわかってる。」
ぷう、と膨らませた頬が熱のせいか幾分上気していて、とても大人には思えない。
「そうですねえ、子供じゃないんですから士竜さんや私の言うことも聞いてくださいよ」
「むう・・・」
こうしてかいがいしく世話を焼かれてしまうとさすがの陸機も強くは出られない。
「分かってるよー、でも仕事が終わらないんだ。わたしがやらねば穴があいてしまうだろ?
そうしたら」そうだ。
陸機は口をつぐんだが、続く言葉はこれしかない。
「そうしたら、またあいつらに何か言われるだろう?」
北人の中には南人を嫌うものも少なくない。ようするに陸機には敵が多いのだ。
いわれのない中傷など数えきれない。
だからこそ、仕事のことでは口出しされたくない。「無茶、しすぎないでくださいよ。士衡様はいつだって頑張ってます、たまには休んでも
いいじゃないですか?」「・・・ううん、黄耳は言いたいやつには言わせておけと言うのだろ? 私もそう思う
けれど、やっぱり言われたくはないのだよ」
傷付けられることに慣れるのは惨めだ。だから、つい攻撃的になる。
「やられっぱなしなんて嫌だ。」つい、と視線を外した陸機の横顔には他人を寄せ付けない苦渋が滲んでいた。
この人にはこの人の苦しみがある。激しい気性が彼自身さえ苛む。
プライドなど捨てて迎合できたらどんなに楽なのだろう。ただ、それをしないのは彼だけ
でない、彼を信じた人たちの誇りを背負っているから。
「それは、」
なんと言おうかと口を開きかけた瞬間、玄関の扉が開いて軽快な足音が聞こえてきた。これまた軽快に部屋の扉を開いて、明るい髪の色の少年が顔を出した。
「士竜さん、」
「ただいまー、兄上は? どうですか?」
冬の匂いをさせて雲が首を傾げる。鼻の頭がうっすら赤く色付いている。
同じくバラ色の頬も触れれば冷たそうに輝いている。
「平気ですよ、士竜さんこそ外は寒かったでしょう風邪ひきますよ? 早く手を洗って
きてください。」「ん、平気平気〜。 そんじゃ早くご飯にしようよ」
「そうですねえ、」
雲の、ぱたぱたと音を立てて洗面所に向かう背を見つめていたらため息がこぼれた。「雲、元気だな〜。あれでも体弱かったりするからな気をつけないと。」
「士衡様こそ、人の心配してる場合じゃないでしょ。それよりすぐに夕飯の支度しますか
ら、今のうちに寝ておいてください」「う、ああ」
昼間寝ていたからもう眠くないんだけど、とは言い出せず陸機は頭から布団を被った。
ぐつぐつぐつぅ・・・
いかにも冬の風物詩と言わんばかりに、土鍋が水蒸気たっぷりな湯気を天井に躍らせる。「今夜は鍋ですよ兄上!」
「わ〜温かそう!」
「士衡様はご飯じゃなくて、うどんですよ」
「う〜好きだけどさあ、む〜」
「雲がよそってあげます〜」
やんや、やんや
ちょっとした風邪なんて、みんなで鍋をつつけば吹っ飛んじゃうよ。
浮世のしがらみなんてほら、忘れてしまうのさ。最たるものは、・・・・
−fin―
冬の話ですね(笑
二陸はこんな、ほんわかした感じでいきたいですww