『おいでよ佐和山』
平和な町にはふさわしい。とっても大したことない日常が、
住民にとっては一大事だったりする。
―――うぃいん
ちょっとボロイ自動ドアが開くと、上から吊るされた季節先取り
気味の風鈴が澄んだ音を響かせる。
ようこそ。
ここは「コンビニ・佐和山」地元の人しか知らないコンビニもどき
なお店。
実態はコンビニとは名ばかりの雑貨屋だ。
週刊誌からタライまで、なんでもござれ。
売れるものならなんでも取り扱い中。この節操のなさと、ゆるさ・・。
しかも元が酒屋だけに、えらく店構えだけはがっちりしてしまって
いる。
そんなサワヤマを切り盛りするのは、地元では有名な愛すべき三兄弟だ。
元気な三男・幸村に、頭のいい二男・三成、それを束ねるのは爽やか
兄さん長男の兼継である。
ちなみに、この「サワヤマ」は二号店。
三人の両親は「サワヤマ」を彼らに任せて一号店「スーパー・なにわ」
を商っている。
しかも、それが道路一本挟んで、50メートル行かないようなところに
あるものだからもう、一店舗でいいじゃんと思わずにはいられない。
毎朝、三人はちゃぶ台を囲んで朝食をとる。
「三成殿、お代わり〜」
「幸村、朝からよく食うな。あと俺は兄なので殿、ではなく兄さんだ。」
文句を言いつつもエプロン姿の三成は、幸村の茶碗に炊飯ジャーからたっ
ぷり白米を盛ってやる。
毎週火・金の朝は三成が食事当番なのだ。
とはいえ、ご飯は昨晩幸村が米をとぎ、スイッチを入れておいたもの。
みそ汁も昨晩三成が作ったものを温めなおしただけだ。
要するに、三成は昨晩の残りの魚を焼いただけ。
後は適当につくった厚焼き玉子が大鉢に盛られている。
ボロボロだったり焦げていたりするのは気のせいだ。
「三成、私もお代わり」
元気よく出された手をはたく。
「兼継、自分でよそえ。俺はまだ一口も食っていないぞ。」
「そうかそれはすまんな。ちなみに三成、私のことは『お兄ちゃん』と
呼んでいいんだぞ? 」
「朝から血迷ってんじゃねーぞさっさと食え。」
「三成殿・・・キャラが違う・・・目、据わってます」
低血圧の人に朝からいつも通りのテンションなど期待してはいけない
のだ。
ふんっと鼻を鳴らした三成はさっさと自分の席について行儀よく箸を
とった。
怯える幸村をよそに、兼継は平気で味噌汁を流し込んでいる。
恐るべきマイペースさだ。
が、その兼継が眉根を寄せて首を傾げる。
「ん? 三成この味噌汁はちょっとしょっぱくないか? 塩分の取り
すぎは体によくないのだぞ?」
「なに? 俺が作ったみそ汁がしょっぱいだと! 貴様っっ」
「おおおお落ち着いてください三成殿ぉ! おいしい、おいしいで
すよ十分!!」
「うるさい!!!」
ぐびーーーっ
これ見よがしに自分の椀をあおる。
「み、三成殿?」
白い額にぐっと皺が寄る。
「・・・・・・・貸せ、兼継しょっぱいのなら湯を足してやる、」
「三成は優しいなあ! さすが我が弟だっ感動した!」
「朝からうるさいのだよ」
(いくらお湯を足しても結局、全部飲んじゃったら元の塩分量はいっしょ
なんじゃないかな。)
などとは口が裂けても言えぬ幸村だった。
「ごちそうさまでした三成殿!」
「うむ。って・・幸村ご飯粒がくっついているぞ。」
仕方ないな、などと言いながらも三成は幸村の頬についた米を取ってやる。
「す、すみません!!!」
微笑ましい光景に兼継は欠伸を噛み殺して、うんと背伸びをした。
「よしっ今日も一生懸命働くぞ!」
「そうですね!」
「一々、それは言わねばならんのか兼継、毎朝だと鬱陶しいのだが。」
「はははっ三成は反抗期か? 一年の計は元旦にあり、一日の計は朝に、
だぞ。」
「えっと、先に行ってますね」
「まったく意味分からんが分かった。俺は食器を洗ったら行く。」
いつもと変わらぬ朝の一時。
さて、今日のお客様は?
* * * * * * *
―――― どんっ
カウンターに直接、牛乳瓶と週刊少年誌が置かれる。
「今日も来てやったぞ! 三成ぃっ!!」
時刻は、午前7時35分。
いつも通りの時間に、いつも通りの威勢のいい声。
「いらっしゃいませ、ってなんだ山犬か。」
自信満々に、どうじゃ! と言わんばかりの政宗に三成は苦笑した。
学ランにざんばらな黒髪、ガキ大将とか、わんぱく小僧という言葉がぴっ
たりくる少年だ。
そのまま虫取りカゴと網を持たせてやりたい。
その政宗はというと、三成にがっかりされたのが不服なのか首を傾げて
しまった。
「山犬とはなんじゃ三成?」
「さあ、な。兼継が言っていたのだ政宗は元気でよく吠えるから山犬の
ようだと・・ふふったしかによく吠えるな」
「な、なんじゃと?! 」
なんだやる気か? と三成の鳶色の瞳がからかうように細められる。
「み、三成め・・・可愛いではないかっっよめにこい!!!」
「なっ は? い、行くか!!」
なぜ?と言う前に遮られた。
「いらっしゃいませ、ってなんだ山犬かー。」
デジャブに、政宗の表情が曇る。
スタッフルームから明らかにがっかりした顔を覗かせたのは、長男の
兼継だ。
品出しの最中なのか大量の菓子パンが入ったケースを抱えている。
「貴様あぁっっ兼継!! 馬鹿めっわしの邪魔ばかりしおって」
「ほう? 今日は特に元気だな政宗、ははは☆ 」
「山犬とはなんじゃ兼継! 三成に余計なことばかり教えおって・・
わしは客だぞ? こうして毎朝、売り上げに貢献してやっていると
いうに」
「貢献ってお前、いつもコーヒー牛乳とジャ●プしか買わないではないか。」
「なんだとぉ? 」
喧々諤々の中、三成は気にせずピコピコレジを打っていた。
「客をより好みする気か兼継っ 」
ぶーぶー言う政宗の後ろには、ちょっとレジ待ちの列ができ始めている。
「だいたい政宗は2丁目の班長、「スーパー徳川」さんの側の人間だろう。
なぜ毎朝うちにくるのだ? さてはスパイ?! 」
一丁目の班長「サワヤマ」と道路を挟んだ二丁目の班長「徳川」さんは、
商店街の覇権を争っていた。
ちなみに政宗の実家は由緒正しい呉服屋で、徳川派である。
「ちっ違う! ここがバス停前なんじゃから仕方なかろう!! 」
たしかにサワヤマはバス停の真ん前にある。
おかげで通勤通学のお客様がやってきてくれるというわけだ。
「どうでもいいんですが政宗さん、終わったんなら早くどいてくれます? 」
「うるさいおっさん! っておまっ島左近・・・・もみ上げサラリーマンは
黙っておれ」
スーツ姿のもみあげサラリーマンこと、島左近は弁当片手に苦笑している。
「政宗、他の客に迷惑をかけるのは不義だぞ!」
(うるせえよ。)
「380円、」
「む、うむ。」
いつもと同じ金額。ちょっとドキドキしながら政宗は500円玉を三成の
白い手の上に置いた。
本当はぴったり出せるのだが、それではあまりにも味気ない。
もっと三成といたい。
それに、お釣りを手渡してもらうのが何となくうれしいのだ。
恋する少年は健気。
ガラスでできていると言っても過言ではない。
「三成ー、嫁にこんか・・・お前の花嫁衣装ならすぐに用意してやるぞ? 」
「お前、呉服屋の跡取り息子だからな。まったくそんなことばかり言って
小十郎に叱られても知らんぞ。」
「たしかに三成が嫁では反対されること必至。じゃが、心配せんでも三成は
わしが守ってやる!!」
「守るって」
初々しくも勇ましい少年の言葉に、三成はふっと口元を綻ばせた。
あまりにも目が綺麗だから、とか、犬みたいだな。などと政宗には言えないが。
「結構だ、」
「む、伊達に嫁げば今なら仙台名物・牛タン食い放題がついてくるぞ?」
「ほお! なんか凄い。だが牛タンって? 」
意外にも三成は食いついてきた。
残念なことに三兄弟の食卓にそんな高級そうなものが上ったことはない。
さらに残念なことに、三成はさほど仙台に詳しくなかった。
おいしいものは好きだが、知らないのではいまいち食い付けない。
そこに助け船を出したのは左近だった。
「要するに牛のベロですよ三成さん。」
「ベロって、舌? 舌なのか」
「なぜに貴様が割って入る、おっさんは黙っておれ!」
おっさんて・・と軽く凹む左近は無視。
「ベロはちょっとな。ほら」
言って三成は素っ気なく釣銭と袋を差し出した。
「三成ー」
おもむろに三成は政宗に顔を近づけた。
「な、なんじゃ!」
「ませガキ。」
吐息がかかるほどの距離でそう囁くと、三成は食い下がろうとする
政宗に軽くでこピンを喰らわせた。
「いった!」
「まったく最近の小学生は。嫁だの十年早いは。こんなものばかり飲
んでないで、もっと牛乳を飲め。そうだな〜政宗が俺より大きくなっ
たら考えてやらないこともないぞ? 」
言って三成は手で身長を比べる真似をする。その手が描く点線は見事に
政宗の頭の上をスルーしていった。
「ふえっっ!!? 」
ふふん。と鼻を鳴らす三成は魔性。
これは男としてかなりの屈辱だ。
「わしはっわしは小学生ではないわぁああ!! 三成のあほぅっっ!!!」
「・・・うわー今のは痛かったな。ご愁傷さま、」
「なんだあいつは? 」
走り去る政宗の背を三成以外の全員が微妙な表情で見送った。
なんとなくいたたまれない空気が流れる。
「まったく最近の中学生は」
「思春期、だな。」
「兼継? 」
( 罪だな、三成。 )
兼継は三成ほど鈍くはない。まあ、政宗の気持ちを代弁してやる気は全く
ないのだが。
「さて、幸村〜ファ●通ばっかり立ち読みしてないで、品だし手伝ってくれ!」
ちなみに、政宗は小学生でも中学生でもなく、高校生である。
ふあああ! オチなんかないっっ
短く〜と思ったら長い。オチまで入らない・・・
いや、続くんです。とも言えない。 書けたら続きます(あぁ;
三兄弟って設定がよかっただけ。兄弟愛に弱いな自分。
政宗×三成というか政宗→三成は意外と好きなんですが、政宗、なんか哀れ。