『最期のその時まで』
最後のその時まで
あなたは俺の傍にいてくれますか?
――― だめだ 行かないで
「・・・さ、・・・・かない・・・で」
暗闇の中で聞こえるのは誰かの泣く声。
あなたは誰だ?
どうして泣いてる、 俺を呼んでるのか?
愛しい人が左近の体を揺り動かす。
「だめだっ死ぬな島左近! お前は俺の・・・だ・・ろう? 」
――俺の、 俺の
なんですか?
「っつう・・・」
「左近? 生きているのか!」
戻ってこい ―――
俺はここにいるから。
戻ってきてくれ
ただ祈るように必至でしがみ付いた。
「・・・・殿、」
「さこ、ん? 」
逆光で表情はよく見えない。だが、それでも左近には間近にある人の顔が分かる
気がした。眩い光の中で必死に呼んでいる。
三成は左近を抱え込むようにして泣いていた。
「あんたって人は・・・なんでここにいるんですか」
嬉しいより先に苦い思いが口をついて出てしまった。
撃たれた足が痛む。それでも生きている。
咎められた三成は悔しそうに唇を噛みしめた。
「・・・・・すまない」
「落ち延びろと、言ったでしょ? 」
どうしてここにいる。
どうして?
暇乞いをした。最後だと、言ったのに。
なぜ戻ってきてしまったんだろう。
「俺が時間を稼いで上げますよ。なに心配はいらない。殿が落ちる時間くらい俺に任せて
下さい。あんたはその間に、少しでも長く生きて再起を計るんだ」
あの時三成は泣かなかった。気丈に頷いたのだ。すくなくとも左近にはそう思えた。
それなのに。
「あんな遺言など聞きたくはない。左近、お前は俺の半身だろう? 」
ばかだ。不貞腐れたように三成は言う。
「先に逝くなんて・・・許さない。だいたい半身を失って生きていける人間なんているか!
再起を計れというならお前も共にこい! 」
もう、何を言っているか三成自身にも分からないのだろう。武将としては最悪。
本陣を離れ、落ち延びる機会もふいにして、家臣を追ってしまった。分かってる。滅茶苦茶だ。
けれど、必死に呼びかけるしかない。諦めなんかつくはずがないんだ―――
「殿、今ならまだ間に合います、俺はいけない。この戦、詰めだもう終わってる。分かり
ますね」
―――サトサナイデ
「聞き分けてください、」
「いやだ・・・頼む、死ぬな左近・・いっしょに」
――来ると言ってくれ
「どうしてあんたって人は・・・そう頑固なんだ」
優しすぎるからダメになる。捨てられないから、ひどくなっていく。そうでしょ?
「心中なんてごめんですよ、」「俺は生きる、だからお前もこい。お前は半身だろう、俺が生き続ける限りお前も生きろ」
「殿・・・」
諦めてなどいない。大将さえいれば戦は何度でも起こせる。
三成はすでに次の戦を考えている。
「まだ、終わってなどいない。大丈夫、左近、お前がいれば俺は何度でも立ち上がれる。
だから、俺を生かしたいならきてくれ。ここで死ぬな。」
生きていれば次がある。だから死ぬ必要なんてない。言うやいなや、三成は左近の肩を担いだ。
「馬鹿ですね。頭はいいのに要領が悪くって、頑固で、どうしようもない」
「言い、すぎだ・・・」
「俺がいないとダメってことですよ。」
「左近? 」
折れたのは左近の方だ。
「分かりましたよ、殿みたいな危なっかしい人、一人にできませんからね。いっしょに行
きましょう。」「そう、か・・・」
左近は痛む足に力を込めた。
行こう。どこに辿り着けるかは分からないけど。
それでも最後まで。あなたの望むように・・・
左近、と呼びかけて三成はまっすぐ前を見つめたまま言った。
「お前は最後まで俺と一緒に、――-いてくれるだろう? 」
― End.―