『七夕祭り』
「げっ曇ってる・・・」
三成は不満げに灰色の空を見上げた。
そう、今日は日本中の人が空を見上げる7月7日。言わずと知れた、七夕祭り当日である。
「軒端に揺れる〜♪」の、あの七夕飾りがこの商店街のお店にも溢れている。
しかし、昨日からあいにくの空模様。
「ああ、梅雨ですからね。雨は降らないみたいですけど微妙ですね。」
「う〜降るなら降れ! 晴れるなら晴れろっ」
三成はベランダから空に向かって拳を振り上げた。
「無茶言いますね〜。ていうか降ったら怒るでしょう。ま、暑いから一雨きた方が
ありがいたいですけど」
「むぅ大人はすぐそういうことを言う! 」
「殿はいつまで子どもなんですか」
ぷりぷり怒る三成に左近は肩を落とした。
(もう二十越えてるってーのに。いつまでたっても子供っぽいというか、いや夢見がちか)
そこが可愛くもあり、苦労させられるところでもある。
「それより殿、朝飯冷めちゃいますよ〜」
せっせと左近はガラステーブルに二人分の皿を並べていく。
ちなみに今朝のメニューはキャベツ千切りにハムと目玉焼きが乗ったサラダ、
朝は食べる気がしないという三成のために夏の定番、素麺というもの。
「あ、またそーめんかよ、」
「『かよ』って言わない! 早く食べちゃってくださいよ殿も今日は仕事でしょ。
夜は米にしますから、ね。」
ぶーぶー言いながらも三成は左近の向いに座る。
「そうだが〜・・・暑くなりそうだな今日も。」
「ですねーあ、帽子被っていった方がいいですよ、曇ってても熱中症には気を
つけてくださいよん。」
サラダを箸で摘まみながら三成はおざなりに頷く。
「心配しなくてもそんなに歩かない、ような気がする。」
「今日はどこまで行くんですっけ? 」
「んー昼間は現代美術館行ってー、あとバイト。」
ほそっこい体でよく働く。
現在三成は自宅で建築デザインの仕事をしながら、近所の薬局でバイト中なのだ。
今日はクライアントの要望に答えるためデザインの勉強を兼ねての、お出かけだ。
「行きたくないな〜」と前日にぼやいていたものの、さすがに当日はきちんと早起き
して準備するところが三成らしい。
「雨は降らないんだよな? 」
「って天気予報で言ってましたよ。傘はいらないんじゃないですかね。」
「ふうん、まぁ降ったら左近に迎えに来てもらえばいいか」
素麺を麺つゆに浸しながらにっこり笑う。
「ははは、今日は俺も仕事なんですけど? 」
同じ建築会社に勤めているものの、左近の場合は三成と違って自宅勤務とはいかない。
「はー? 迎えに来ないってこと。」
あーそうですか。と咀嚼すれすれでキャベツを頬張る。
「行きますって降ったらね。」
「別にー仕事は仕事だ。公私混同しなくて結構。」
言いきった三成はさすがに大人で、でも行かなければ激怒するのは間違いない。
つまり仕事も三成への対応も、全てこなさなければ合格点はいただけないのだ。
(完璧主義者の恋人はタフガイじゃなきゃ務まらないってか〜。やれやれだ)
* * * *
「う〜え〜、あ”つい〜つーかれたー左近〜っ」
玄関を開けると肩掛けバックを脇にそのまま座り込んでしまった。
「あれ? いないのかー左近?? 」
普段なら出迎えてくれるはずなのに。
部屋の電気はつっけぱなしなのに、人の気配がしない。
首を傾げかけたところに、ちょうどよく玄関の扉が開く音がした。
「あれ? 」
スーツのよく似合ういい男。
つまり、三成の同居人にして恋人の左近が首を傾げる。
「おお左近、お前も今帰りか」
「ええ、ちょっと買い出しに。殿、お帰りなさって・・・」
三成が座り込んだまま手を伸ばしてくる。
「水ぅー」
「ヘレンケラーですか、」
「は? なにそれ」
「まあいいですって。ほらほら上がりましょう」
「なに買いに行ってたんだ? 」
左近の後に続いてコンビニの袋を覗きこむ。
「これですよ、」
四角い色とりどりの紙。
「折り紙? 」
きょとんとした三成だが、居間に入るなりその琥珀色の目を輝かせた。
「うわ、すごいな」
笹だ。少々細くて立派とは言い難いが、ベランダでつつましく揺れている姿は七夕
そのものだ。
「さ、短冊はこいつで代用しましょ。殿も願い事書いてくださいよ? 」
「なんで? やらないんじゃなかったのか」
「まあ俺はロマンチストな方ですから。年に一度の行事くらい殿と一緒にと思いまして、」
「ふぅん・・・なら、しかたないな。俺もやらないわけにはいかなくなった」
にっこり笑う三成は可愛い。
この笑顔を見れば、苦労も疲労も報われてしまうんだから重症だ。
さらさらっと願いを書いた二人は笹に短冊をつけていた。まあ、ホチキスでとめる
だけなのだが、そこはご愛嬌。
「殿、何て書いたんですか? 」
「んー、『世界平和と、家康がメタボ検診でひっかかりますように』、と」
「多いですね。」
「そうか? 左近は、」
「家内安全。これでばっちりですよ」
「主婦だな、もしくはお父さんだ。」
「どっちも心外ないんですけど・・あと一つ、」
「ん? 」
「殿がもっと俺を好きになってくれますように、なんてね」
「・・・ばか」
そう言いながらも三成はうっすら微笑んで首を傾げた。
首筋にかかる髪をよけて引き寄せる。
唇が触れあう寸前、
「三成殿〜」
「三成ー! 」
二人の頭を元気な声が打つ。いい雰囲気などどこへやら三成は弾かれたように
ベランダから身を乗り出した。
「あ? 兼続に幸村、お前ら何して? 」
下の道路で手を振っているのは、お隣の兼続と自転車やの息子幸村だ。
ちなみに三成は兼続が正社員で働く薬局でバイトをしている。
「で、当然のように上がってくると」
「なにを言う左近殿。七夕祭りは人が多い方が楽しいぞ。それにその笹を用意できたのは
幸村のおかげでもある」
「たしかに笹は幸村に分けてもらいましたよ・・・兼続さんじゃなくてね」
「すみません左近殿、これお土産です。」
ぬかりないらしく二人はコンビニでスナック菓子やらおつまみの類を買い込んできていた。
「まあいいか、今日はチラシ寿司にしたんですよ、どうせ二人じゃ片付きませんからね」
やれやれ、と左近は一人肩を落とした。
「三成ー、我らの短冊も飾ってくれ」
「はぁ、いいけどお前店にも笹飾ってなかったか? 」
「あれは店のだ私用はいかん。」
「あ、そう・・・なんかわからんが納得した。」
「仕方ないですねー今日は祭りってことで、騒ぎますか」
「よしっ幸村酒だ! 」
「望むところです」
「俺はそんなに飲まんぞー」
飲んで騒いで、お祭りは楽しいもんです。
でも、
「今度こそ頼みますよー七夕さん」
たまには二人っきりですごしたいもんだ。
左近は一人心の中でごちていた。
星も羨む地上の宴(7月7日 完。)
なんとか終わりました・・3夜連続とかもうやらない(汗;
みんなでお祭りっていいな〜なんて。
でも左近にはちょっと残念だったかな(笑