『凶悪天使』
天使は時々オレたちにほほ笑みかける。
だけど、そいつを信用してはいけない。だって、そいつはただの天使じゃない。
「あのなぁ三成、・・・・お前ってなんなわけ? ていうか俺ってなんなの」
清正は暑い夏の日差しに目を細めた。ただでさえ暑いというのに。
なぜこんなことをしているのだろうか?
額を流れる汗は暑さのせいだけではない。
急な坂を示す丸印が刻まれたコンクリート。頂上がはるか先に見えるここら辺では
有名な上り坂。
その原因が悪気もなく「なにが?」と足をパタパタさせる。
坂道なのに、自転車の荷台から下りようとしない三成。
「だから、これ俺の自転車だよなぁ。」
「ああ、そうだな。ボケたのか、防犯登録までしているくせに自分の自転車も分からんのか。
ついでに名前と住所も書いておけ。」
最後に「バカ」と付け足されなかっただけマシ。
顔は素晴らしく可愛い。幼稚園のころからの幼馴染で同じ高校、しかも同じマンションに帰る。
これで好きにならない方が間違ってる。
間違っているのだが・・・・。
「んで? なんで持ち主の俺が自転車押して、お前がそこに乗りっぱなしなんだよ。」
そう。
お姫様は人に自転車をおさせて、自分はちゃっかり荷台に坐していらっしゃる。
「阿呆、お前の自転車なんだから持ち主が押すのが当然であろう!」
びしっと人差し指を立たせて言い切る。
まさしく俺こそ「法律」と言わんばかりだ。こいつに権力を持たせてはいけない、と清正は
大きく溜息をついたのだった。
暑いのに、制服だし。
坂道長いし。
こいつ下りねえし。
サドルに座ることを許されない清正は、きつい坂を自転車のハンドルを押して登っていた。
「お前、なんなの? 意味わかんねぇよ」
「清正、俺の自転車はパンクしたのだよ。お前が送ってくれると言ったんじゃなかったのか?」
「ハイハイ、言いましたよ。だから俺は乗ってけって言っただろ。どうして押してんだよ自転車!」
「それは坂道だからだ。二人乗りしたまま登れないだろう普通に」
「やればできる・・・」
清正はスネた。
自慢じゃないが体力には自信がある。ひょろっこいインテリもやし三成を乗せていたって坂道くらい
登れるのだ。きっと。
「危ないからいい。俺がケガしたらどうする、」
「・・・・・・・」
なのにこれだ。
「そもそも二人乗りは法律違反だ、清正。」
「じゃあ最初からそこに乗るなよ。俺に家まで歩かせる気なのかよお前は、」
言ってから、こいつなら「そうだ」と言いかねないと清正は冷や汗をかいた。
だが三成はすぐに「まさか。」と鼻を鳴らした。
こいつでも少しは人をいたわる気持ちがあったか。なんて油断したのが悪いのか。
「そんな時間がかかるのは嫌だ。ここはまだ学校に近いし、あまつさえ警察の御厄介になる
わけにはいかんだろう、そういうことだ。」
どういうことだ。
「先生に見つからないよう、人に気づかれぬよう、すみやかに俺を家に運ぶのだよ清正。」
「ムリ。」
「なに?」
「お前バカ、俺もバカだけど・・・・・なんだその無茶ぶり! 俺は何屋だよ、できねーよ誰にも
気づかれないとか。ニンジャかっ」
ぺっと吐き捨てる。
だいたい荷台は荷物を乗せるところだ。
荷物なら荷物らしく黙ってろ。
その方がまだいい。顔は好みなんだから、ちょっと黙っててくれればこっちもそれなりに幸せな
気分になれるんだ。
「忍者って清正、現代日本にそんなものはいないぞ。お前、正則と付き合いすぎてバカになった
んじゃないのか?」
しらーっとした目で見つめてくる。
「あいつといっしょにすんな。」
きっぱり。
可哀そうな奴である。
正則はもう一人の幼馴染で三成とはなにかと口論が絶えない。
だが、清正は正則が嫌いではない。バカなところもあるが根は単純でいいやつだと思える。
「お前みたいにひねくれてないだけ正則の方がマシかもな、」
「・・・・・・はぁ? バカ、清正のバカ」
何が気に入らないのか、三成は遠慮なくバシッと清正の無防備な後頭部を叩いてくる。
「いてっ・・・あーやめろバカ! 置いてくぞ」
「置いていくな。バカ!」
まったくなんなんだこいつは。
どうしたいんだか。
「なら清正は俺にどうしろ言うんだ? どうしてほしいんだ。」
「だから、別に・・・こういう時、普通は『下りようか?』とか『押そうか?』って聞くだろ。」
「は?」
「可愛い子ならそうする。絶対。で、俺は『大丈夫』って言う。(これが正しい一緒に帰るの図
なんだよバカ!)分かるか?」
「いや、」
うん、バカは俺だな。
天使は俺を足蹴にする。
「なに夢見てんだバカ」と悪魔もぞっとする台詞を吐いてくれる。
期待してどうする。
一緒に帰ろう、なんて言った自分が悪いんだから。
さて、そろそろ坂も終わりだ。
ここを登り切ればあとは緩やかな道しかない。
・・・新緑が美しいなぁ。
清正は自転車をこぐためサドルをまたいだ。が、
「な、清正、」
後ろから三成がぽかぽか背中を叩いてくる。
「あ? なんだよ」
「暑いな、」
「ん。うん、暑いな、だから早く」
「アイス。」
「はい?」
「暑いしアイスとか食べたい。コンビニ行こう。」
とかって何?
てか、お前が早く帰りたいって言ったんじゃないですか。
清正は1秒間で様ざまな感情に駆られた。
が、「行こう。早く。」と屈託なく笑う天使に「ふざけんな下りろこら」とは言えなかった。
むしろ全てがすっとんだ。
ぱぁぁ〜っと音のしそうな眩しい笑顔に清正は肩をすくめた。
「コンビニ、な。」
ハイハイ、と仕方なさそうに自転車をこぎだす。
背中に捕まる三成の手の感触に機嫌も少しは良くなった。
悪くない。一緒に帰るのは。悪くないさ。
「お前がおごれ清正」
「嫌だよ。」
天使は時々オレにほほ笑む。
俺はそれを信じない。はずだけど・・・・・別に騙されたっていいんだ。
そいつは、俺を困らせる凶悪な天使。
END・・・・多分、つづかない。・・・
なんですかこれ(笑)
もう秋なのに、夏っぽいことしたくて。それで自転車ですよ。
『耳をすませば』みたいなことがしたかった清正ww爽やかな感じになったかな?
あ、二人乗りは法律違反なので、あしからず!
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