猛玖(もうきゅう)vs陸機 史実エピ。
晋、成都王頴さまの元にて。ちょい暗め シリアス
『儚く揺れる』
一瞬、この男は言葉が通じないのかと訝った。
「貴様・・・聞いているのか」
孟玖が焦れて尋ねれば、青年、陸機は白々しく首を傾げた。「はあ、聞いてはいる。ただ、・・・あまりに意味がないので、なんと答えたものかと
思って。」口を開けばこれだ。
「よくもまあ、そこまでふてぶてしくなれるものだな。」
陸機は「誰か何か言いました?」とでも言うように、そっぽを向いてしまう。
ほら、またこれだ。
陸機を嫌うものは多い。
亡国の降将が上に立つことをよく思う者などいないのだ。下の者は彼を妬み嫉む。
上の 者とて、たいして変わりはしない。誰もが彼を蔑み、苛む。
「ふ、尻尾を振るのは権力者の前だけか? その地位とて実力で得たものでは
ないだろう。さぞかし取り入るのが上手いのだろうな。」「・・・何が言いたい?」
暗に言わんとすることに気付き、陸機は目を細めた。
その頬が怒りのためか微かに引きつった。
大人しくしているかと思えば、次の瞬間には烈火のごとく怒る。この気性の荒さだ。
これ故に彼には敵が多い。高官にも平気で食ってかかる。
孟玖は鼻を鳴らした。「私はただ、ご教授願いたいと思っただけだよ? 」
「無礼にも程がある! 」
燃える黒い瞳。
孤高にして、潔白。だが、それが気に食わないのだ。そんなものは他者見下している
にすぎない。「無礼、ね?」
薄暗い感情に支配されていく気がした。けれどそれが不思議と心地いい。もっと冷徹に
なれればいい。
もっと蔑みたい。この青年の自尊心を打ち砕いて、憐みの笑みを向けたい。
「そんなこと言って、あんた出世のためにはなんでもするのに? 礼だの、道徳だの、
口先ばかりだろう。」「お前、・・・何を知っているというんだ」
「さあ、なにも。」
もっと傷付いたらいい。
「どうせ色を使っただけだろう? 」
「・・・・あり得ない」
綺麗な顔を歪ませて、血を流せ。
もっと綺麗な心を汚して、どこまでも堕ちて行け。それがあんたの運命。
この男にまたぐっと深い闇が近付いた。
―了―
おお、なんという暗さ・・・。陸機さんと孟兄弟は最悪に仲が悪かったのです。
のちのちこの不仲さが陸兄弟の運命を左右するくらいですから。
猛玖は頴さまの寵臣。陸機みたいな奴(生意気な新参者)は許せなかったのでしょう。