『やるせない』

    やるせないから寄り添うんじゃない。
 

     ぱりーーーん

あっけない音を立てて花瓶が割れた。


「あっ」


指先に走る鋭い痛みに陸機はわずかに眉根を寄せた。

「士衡さま、大丈夫ですか? 」

「いい、・・・平気だ。」

そう、たいしたことではない。ちょっと驚いただけなんだから。

ばくばく言っている心臓には構わない。
こういうとき大げさに振る舞えたら楽なんだが。

わかってる。 多分、可愛くない。

自然に無表情を装うところが自分でも不思議だった。


機は溜息を付いて割れたガラスの破片を拾おうと手を伸ばした。


「ダメですよ。」


「は? 」


言葉の意味を理解するより早く黄耳に引っ張り上げられていた。


「危ないでしょ、素手で拾わないでください」

「お前なあ、そういうのは言葉で言え。」

「言ってますよ? 」

「行動する前に、だ! 」

わたわたする陸機に黄耳は苦笑した。
言ってもきかない癖に。

「なに恥ずかしがってるんですか? 」

「・・・さいてい」

「私が? 」


観念したのか、陸機は背後から抱きしめられたまま項垂れた。


「もう、最低だ! 花瓶は割っちゃうし、黄耳には馬鹿にされるし! 馬鹿! 」

「馬鹿って」

子供じゃないんだから。とは口が裂けても言えない。

言ったが最後、陸機なら激昂して暴れ出す。


「なに怒ってるんですか? 」

「うう・・離せ! 」

「ん? 」


ありえない。 
陸機にとってはありえない状況だった。


「なんたる屈辱! 黄耳、もういいから離せ」


軽がる引き寄せられてしまうことも。 抱きしめられたまま動けないことも。

こういう手も足も出ない状況は何より苦手だ。


( 泣きたい・・・ )


赤面したまま機は、床に散らばったガラスの破片を見つめた。

「放してもいいですけど、怒りませんよね? 」

「ああ? 」

「・・・怒ってる」

黄耳としても今、放すわけにはいかなかった。
陸機に殴られるのは痛いし、嫌だ。だが解放した途端、反撃してくるのは必至。


「ねえ、士衡さま」

「・・・やだ」

「まだ何も言ってませんよ。」

「黄耳のいうことなんか聞かない。」

 あ、不貞腐れてる。


「いいじゃないですか。たまには、仕事も忘れてこのままで、ね? 」

「・・・やだって」


やるせないから、やめちゃいなよ。

そんなに頑張らなくたっていいから。 驚いたって、怒ったって、


「あなたは、あなたですから。」


「・・・・ばか」


「珍しいですよね、花瓶割っちゃうなんて。どうせ、なんか嫌なことがあったんでしょ? 」

「なんでお前にはわかるんだよ。」

 
不貞腐れてても、その声で今陸機がどんな顔をしてるか分かる。


「士衡さまの犬だから、」

「さいてい・・・」

そんなことばっかり言うから。

「怒るに怒れないじゃないか! 」

                       ―― fin ―――


なんだろう黄耳マジック。
すべてが黄耳に都合のいい展開ww
ラブラブしてんじゃないですよ! 黄耳さんは総攻め(自分の中で)。