煌々と照るコンビの白熱灯を背に、少年は切なげに溜息をついた。
「なんで三成がいないんじゃ…ぁ〜…走ってきて損したわ!」
泣きだしそうな顔で(本人に自覚はない)政宗は膝を抱える。
コンビニの明るい光を背に、いまだシャッターの閉まらない向いの自転車屋の光を
見つめた。
せっかく会いに来たのに三成はいなかった。
かといってこのまま帰る気にもなれない。政宗は一人コンビニ前の冷たいコンクリート
の地面に座り込んで途方に暮れているのだった。
(だいたい三成がいないのがいけないんじゃ。 うぅ…)
それというのも話はほんのちょっとだけさかのぼる。
・・・5分前。
「いらっしゃいませ、」
元気よくレジで迎えてくれたのは爽やか青年。二男の幸村だった。
「う、うむ…」
お目当ての青年を探そうと政宗は無意識にきょろきょろと店内に視線を走らせる。
だが、いるのは立ち読みしてる若い男と、弁当を物色しているおっさん。
客ばかり、それも2〜3人しかいない。
これでは見落としようもない。
「どうかされましたか政宗殿?」
黒目がちの瞳が心配そうに覗きこんでくる。
寝ぐせみたいな横跳ねの黒髪がぴょこん、と揺れる。
幸村が小首を傾げる姿は、どことなく子犬じみていて愛嬌がある。だが、政宗はあから
さまにがっかりして肩を落とした。
「なんじゃ三成はおらんのか、…夕飯の支度でもしてるのか?」
「いえ、今日は兼続殿が当番ですので」
「ほ、ほう。…その…珍しいな! この時間はいつも三成が当番ではないか幸村?」
「はい。それにしてもよくご存じですね〜」
「当然じゃ! わしをなんと思っとる? 常連客だぞ」
家族経営なのでシフトも何もあったものではない。
早朝と午後6時以降はだいたい名物兄弟が三人ともそろっているのだが。
「ああそうですよね、えっとせっかく来ていただいたんですが、三成殿はちょうど出かけ
ていまして」
「え?」
三成が店を放っておいて出かけるのは珍しい。
「どこに? 大学か?」
思わずカウンターに身を乗り出してしまう。勢いに負けて幸村がちょっとのけ反った。
三成は頭がいい。4年生になりほとんど大学に行かなくてもよくなった今も、院の研究室
に手伝いとかなんとかでたまに顔を出している。
多くても週に一、二度。それも、店のために遅くならないうちに帰ってくるようだ。
いい奴だ。
(普段はつんけんしてるクセに家族思いとか! そういうところが嫁にしたいんじゃーーー!! )
が、幸村がすっぱり切った。
「いいえ、そうじゃないんです。えと、サラリーマンの島さん! 政宗殿もご存じでしょ?」
「う、うん? それがなんじゃ?」
なんだか嫌な予感がする。政宗の眉が自然、不機嫌にひそめられた。
なんで島のおっさんの話がここで出てくるのだろうか。
平静を装って話の続きを待ったが内心は気が気でない。
いい意味で幸村は臆さない、というか空気を読まない。
「その島殿が夕方に参られたんですが、・・・外回りの際に部下の人が運転する車が
事故にあってしまったそうで、利き腕をケガしてしまったんですよ。危ないですよね〜」
なんて暢気な・・・。
「て、そんなことはどうでもよいわ! それで三成はどうしたんじゃ?!」
「え・・・それで、あの利き腕ですから。いろいろ不便だろうってマンションに」
「えぇぇぇっっ?! なんで」
なんでそうなる??
「お優しいですよね〜三成殿。」
そう言う問題じゃないんじゃこらっ。
「不便て、なに?! お世話ってなんじゃ幸村?!!」
お世話なんて言っていない。
のだが、やはり勢いに負けた。
「え、や、やはり食事のお手伝いとかじゃないでしょうか。マンションは近所ですし、
夕飯の手伝いだけしたら帰ると仰ってましたよ」
「なんで三成が・・・」
「政宗殿〜聞いてますか?」
「なんであんなおっさんの、マ、マンションに」
「島さんも常連さんですからね」
目の前で途方に暮れる政宗に幸村は「ははは〜、」と乾いた笑いを向けたのだった。
「えと、わたしじゃダメなんですか?」
相談に乗りますよ、とでも言うのか。小首を傾げる幸村は無邪気。そしてその爽やか
さが今はものすごく腹立たしい。
「なぜ三成が行くんじゃ幸村ぁぁあ!!! お前が行かんかあぁぁ〜!」
「ぇええ?! そ、そんなこと言われてもぉお〜」
せめてもの腹いせに、思いっきり幸村の肩を掴んでがたがた揺らしてやった。
そして今に至る。
はっきり言って幸村は悪くない。ただの八つ当たりだ。
もちろん政宗は決して幸村が嫌いなのではない。
三成を好きの究極としたら、兼続は憎らしいの究極。幸村はその真ん中だ。
だから今回のことは幸村が不運だったとしか言いようがない。
「はぁぁぁ・・・みつなりぃ〜、なんでなんじゃぁ・・・」
「もふもふ」と手持無沙汰でしかたなく買ってやった惣菜パンを口にほうばる。
ちなみにコロッケパンである。
ご飯の前に買い食いすると小十郎がうるさいんだよな。そんなことをぼんやり考える。
ちょっと泣けてきた。
夕日が目に染みるや、もう沈んでるけど。自分を励まそうにもある一点だけが頭から
離れてくれない。
三成は今頃・・・島のおっさんと。
想像したくないのに頭から離れない。政宗は邪念を振り払うように勢いよく頭を振った。
(し、死にたい・・・いや、死ね島!)
眼帯をしていない方の目が、怒りに燃えていた。